2015年06月23日

『縛師 日活ロマンポルノSMドラマの現場』(浦戸宏著)の書評を書きました

発売中のキネマ旬報7月上旬号(『アベンジャーズ2』が表紙のやつ)に、『縛師 日活ロマンポルノSMドラマの現場』(浦戸宏著)の書評を書きました。『私の奴隷になりなさい』と『花と蛇 ZERO』の脚本家だからという大雑把な理由で編集部から狙い撃ちされた感……。

書評では主に著者が参加した撮影現場のエピソードについて触れましたが、個人的に面白かったのは、美濃村晃のペンネームである喜多玲子(美濃村は責め絵を描く際にこの名を用いた)を、伊藤晴雨がかたくなに「美濃村の奥さん」だと信じていたくだり。女性でないとあんな責め絵は描けないはずと伊藤晴雨に思わせるなんて、そんな褒め言葉ないなぁと思った。

あと団鬼六先生が若き日、飲み屋でグラスを傾けながら「おれ、このままエロ雑誌の、エロ原稿を書いていて、ええやろかなー」と呟く場面。青春だなぁ! 団先生の『悦楽王』やその評伝『赦す人』(大崎善生著)を楽しんだ人には、あの世界のもう一つの青春が描かれていて面白く読めると思います。えええと思ったのが芳賀章(芳賀書店社長ですよ)の肖像。シベリアで捕虜だったのかよ!

ちなみにちなみに。著者が縄師を担当しなかった現場なので触れませんでしたが、わたくしがSM映画の最高峰だと思うのは『発禁本「美人乱舞」より 責める!』(田中登監督)です。脚本はいどあきお。SM映画というより女の情念映画でしょうけど。
posted by minato at 12:28| 東京 ☀| Comment(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(ジョージ・ミラー監督)

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(ジョージ・ミラー監督)。いやぁ面白かったわ……。

例によって、中学生しかいない荒野をさまよう汚れた聖人のお話。シャーリーズ・セロンが主役で、マックスが添え物になってるところが、物足りないと言えば物足りないけれど、「マックス」というキャラクターを追求することでなく、「マッドマックス」という世界観を構築することが本シリーズの神髄なのだと思い直し納得した。シャーリーズ・セロンの、顔だけですべてを物語る芝居が良すぎた。もう惚れ惚れしました。物語の折り返し地点でのマックスたちの判断、あそこで涙腺が緩んだ。『インターステラー』でも強く打ち出されていた「旅の本質」がキッチリ押さえられていたからだと思う。

小学生の時に一作目、二作目をTVで見て、映画の激烈さ、怖さ危なさ、そしてカッコよさを、ジョージ・ミラー先生から教えられた。おらが不惑を超えた今もこんなに面白い映画を作り続けていることが、何というか……マジカル。
posted by minato at 14:40| 東京 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月19日

『遺言』(木部公亮監督)/『ニート・オブ・ザ・デッド』(南木顕生監督)

『遺言』(木部公亮監督)と『ニート・オブ・ザ・デッド』(南木顕生監督)の二本立て。ゾンビものの良さが全然わからないのだが、南木さんをおくらなきゃなぁ、なんて想いで向かったら、ことのほか面白い目に遭った感じだった。
『遺言』は映像が濃密かつパワフルで、クセの強い短篇だった。ロケーションも変にスケール感があって見ごたえあるし、タイトルの由来が最後にわかる展開もいい。終末感ってこのくらいの腕力で描かないと説得力も面白味ないよなぁと唸った。かなり大きなチカラをもつ監督なんじゃないかと思う。
『ニート・オブ・ザ・デッド』は、以前シナリオ会館での追悼上映でも見ていたけれど、やっぱりユーロのスクリーンで見ると別物だった。南木さん自身、「これは『人形の家』なんだ」と仰っていたとかで、脚本は古典的かつ堅実なプロフェッショナルの仕事。いまどきの「あるある」風に引き算でシーンを構成するタイプではなく、いわば教科書的で、そこは好き嫌いがわかれるところかもしれない。でもね、最低限こういった段階を踏んで話を進めないと「プロ」とは呼ばないんだよ!
……という南木さんの声が聞こえてきそうだった。
上映後のトークで、ゲストの佐藤佐吉さんが「南木さんと10年ぶりに再会した場に港さんがいて」みたいな話をされてて、うおぅ?となってたら、ああああれだ、2010年に阿佐ヶ谷ロフトで行われた映画一揆さんのイベントだった。そうそう、あの時南木さんが観覧に来てて、休憩時間になぜか二人して『殺し屋1』の脚本は凄い!という話で盛り上がったんだった。あの映画のことは色々な人が色々に語るけど、あの構造を「発明」した脚本が凄いんだって話しが通じた人って、よく考えたら南木さんが初めてだった。そこへ佐吉さんがいらしたのでお声掛けしたら、お二人が旧交を温めてらしたんだった。トークを聞かなければなかなか思い出せないことだったように思う。
あの時のイベントで知り合った方も多かったし、あれが縁で仕事になって、そんで大喧嘩して別れる羽目になった方もいたな……(遠い目 
そんなこんなで『遺言』『ニート・オブ・ザ・デッド』、26日(金)まで渋谷ユーロでレイトショーです。ぜひ。
https://www.facebook.com/neetyuigon
posted by minato at 00:40| 東京 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

『THE COCKPIT』(三宅唱監督)

『THE COCKPIT』(三宅唱監督)。小品と呼ぶべき作品だと思うが、とても良かった。ミンガス感あふれる兄ちゃんをあんなに長々見つめる機会ってそうないだろうなぁと眺めるうちに、ものつくりonものつくりの映画なんだってわかって、一気に親近感わいた。

兄ちゃんらが小部屋に籠って延々とものづくりに没頭するこの空間は、特別なものでもなんでもなく、ありふれたものだ。おれが通っていた工業高校の機械工作の教室も、放課後の音楽教室も、やってることはまったく関連も何もないが、こんなもんだった。いわずもがな、映像編集・録音スタジオ(そしてスタジオがわりの技師の部屋)もこんな感じだ。要するに少しでも「ものをつくる」という行為に関わる現場には、必ず醸し出される空気感というものがあり、本作はそれについての映画ということだ。

にもかかわらず、この場を、空間を、ひと様にお金を払わせる「映画」として特権化するのは、魅力ある被写体を揃えることは当然として、それを切り取る画角であり編集のタイミングであり、ことによったら、日本映画がなぜか苦手とする「人物の頭をきちんと撮る」ことであったりするのだった。そしてそれを「あー、三宅監督ってやっぱ才能あるんだな…」とため息がこぼれるレベルで達成し得ていた。

トラックを作る作業には、ひとつの創作物にいかに多くのレイヤーがあるかを素材(既成の楽曲、リズム、カモメのSE、他…)を重ねることで単純明快に表現できる優れた特性があって、これは文字や単なる視覚表現ではあんがい伝わりにくいものだ。やっぱり音だから、いや、ヒップホップだから伝わるのだ。何より、創作のど真ん中にあるのは、個人の「快楽原則」なんだってことが、ミンガス兄ちゃんの表情や振る舞いひとつで瞬時に伝わってきた、すなわち、映画だった。

出来上がった楽曲が面白いのかどうかおれにはさっぱりわからない。ただ、劇場が明るくなったとき、近くの客席の兄ちゃんが「時期尚早、時期尚早」(見た人ならわかる)と呟いて、周囲にゆるい笑いが広がったのを見て、なんだかにやついて帰宅した一夜であったことよ。
posted by minato at 07:51| 東京 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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