2015年06月17日

『THE COCKPIT』(三宅唱監督)

『THE COCKPIT』(三宅唱監督)。小品と呼ぶべき作品だと思うが、とても良かった。ミンガス感あふれる兄ちゃんをあんなに長々見つめる機会ってそうないだろうなぁと眺めるうちに、ものつくりonものつくりの映画なんだってわかって、一気に親近感わいた。

兄ちゃんらが小部屋に籠って延々とものづくりに没頭するこの空間は、特別なものでもなんでもなく、ありふれたものだ。おれが通っていた工業高校の機械工作の教室も、放課後の音楽教室も、やってることはまったく関連も何もないが、こんなもんだった。いわずもがな、映像編集・録音スタジオ(そしてスタジオがわりの技師の部屋)もこんな感じだ。要するに少しでも「ものをつくる」という行為に関わる現場には、必ず醸し出される空気感というものがあり、本作はそれについての映画ということだ。

にもかかわらず、この場を、空間を、ひと様にお金を払わせる「映画」として特権化するのは、魅力ある被写体を揃えることは当然として、それを切り取る画角であり編集のタイミングであり、ことによったら、日本映画がなぜか苦手とする「人物の頭をきちんと撮る」ことであったりするのだった。そしてそれを「あー、三宅監督ってやっぱ才能あるんだな…」とため息がこぼれるレベルで達成し得ていた。

トラックを作る作業には、ひとつの創作物にいかに多くのレイヤーがあるかを素材(既成の楽曲、リズム、カモメのSE、他…)を重ねることで単純明快に表現できる優れた特性があって、これは文字や単なる視覚表現ではあんがい伝わりにくいものだ。やっぱり音だから、いや、ヒップホップだから伝わるのだ。何より、創作のど真ん中にあるのは、個人の「快楽原則」なんだってことが、ミンガス兄ちゃんの表情や振る舞いひとつで瞬時に伝わってきた、すなわち、映画だった。

出来上がった楽曲が面白いのかどうかおれにはさっぱりわからない。ただ、劇場が明るくなったとき、近くの客席の兄ちゃんが「時期尚早、時期尚早」(見た人ならわかる)と呟いて、周囲にゆるい笑いが広がったのを見て、なんだかにやついて帰宅した一夜であったことよ。
posted by minato at 07:51| 東京 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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