2015年07月15日

ぶれひとの言葉

気分はもう戦前なので、時間を見つけてはヒストリーチャンネルで放映しているナチ、ホロコースト関連ドキュメントを見ている。何百万もの人間を強制収容所に集めて殺戮するプロセスが、映像によってつぶさに検証されていくことで、かえって非現実的な出来事に思えていく。なんであんな想像を絶する大虐殺が可能になったのか、かえってわからなくなっていく。

並行してひたすらブレヒトの戯曲を読む。ブレヒトの戯曲は非リアリズムだし、人間は名前を剥奪された記号、物語は寓話、そこに幾重にも政治的メッセージを編み込み、観劇した観客に束の間のカタルシスを与えるのではなく、現実の「行動」へ誘う、という性質を持っている。そうした手法がなんだかとっつきにくくて、長らく敬遠してきたのだが、上述のドキュメントで1930年代から40年代の東ヨーロッパの映像を重ね合わせながらブレヒトの生きた現実を考えると、俄然、台詞の響き方が違ってきた。劇の激さ、強さ、怒りがぐいぐいと迫って来た。

なかでも『第三帝国の恐怖と悲惨』『カラールのおかみさんの鉄砲』など、同時代を背景とし、比較的リアリズム寄りの手法で書かれた作品は、分厚さや強さはなくともひしひしと激しい。『第三帝国〜』なんてロッセリーニの戦争三部作みたいだ。当時としてはルポルタージュな性格もあり、ファシズム批判という明確な意図のもとに書かれたと思うが、荒々しい現実に言葉でもって拮抗しようという劇作家の叫びが、読んでいる間じゅう、胸に刺さり続けた。

戯曲の言葉も、脚本と同じように、単に書かれただけでは完成品ではないはずだが、1930年代の言葉が、当時の映像資料という弁士の解説によって脳内スクリーンに蘇り、たとえば映画を見ながら脚本を透視して(凄い脚本だな)と感嘆するように、一巡して、ああやっぱり言葉は凄いと唸ったような感じだった。それまで萎れていたのに、水につけたらまた命を取り戻す花みたいだった。

ちなみに先ごろ、ある劇団の上演した『セチュアンの善人』を観劇したが……ブレヒトの深い思惟や思いのたけの籠った言葉も、解釈者の目線が半径5メートル内にしかないのであれば、戦慄するほど矮小化されてしまうのだなあと背筋が寒くなった。言葉は読む者にその生命のゆくえを委ねる。生かすも殺すも……自分次第、あなた次第なのだ。かといって敬して遠ざけるような真似は必要ない。むしろブレヒトのような古典の言葉にこそ現在を読み解く鍵が潜んでいるし、だれかの偉大さを知ることは自らの小ささを知ることであって、それは前向きな営為だと信じる。

ブレヒトという戦時下の物書きが、どんな言葉を使ってナチという現実に立ち向かっていたか。自分は彼のことをよく知らず、戯曲以外の文章はたいして読んでいないけれど、ひたすら水につけることで花を咲かせ、その花が何を言わんとしているかにジッと目を凝らしたいなどと思う7月15日の朝なのだ。
posted by minato at 07:36| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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