2008年09月07日

『聖者は口を閉ざす』リチャード・プライス著

『聖者は口を閉ざす』リチャード・プライス著。

社会の最低辺の団地で生まれ育った白人男がTV業界で脚本家として成功し、何らかの理由で筆を折って故郷へと舞い戻る。男は貧しい子どもたちが通う学校でボランティアの創作講座を始める。ところがある夜、自宅アパートで何者かによって頭を割られる。奇跡的に一命を取り留める男だが、自らに傷を負わせた加害者については堅く口を閉ざす。男の幼馴染である黒人の女刑事は彼の周囲を洗い出すうちに、意外な犯人を突き止める――。

入口は(ありがちな)ミステリー、だが著者の狙いは緻密なプロットで読者を翻弄することではなく、有色人種が多く暮らす底辺社会の人間模様や貧困が生み出す犯罪、人の「善意」がもたらす悲喜こもごもを描くことにある。読み終わるのにえらく時間がかかったが、頁を閉じる頃には深い満足感を得ることができた。

プロローグから怒涛の如く小話が繰りだされ、それは最後まで尽きることがない。無数に編まれる小話によって、主舞台となる貧しい団地の様相やそこに暮らす人々の生活と哀歓が克明に焙りだされていく。故郷の誰よりも金を持っている主人公の脚本家にたかる貧しい連中。彼は憐れみと善意にしたがい愛と金とおせっかいをばらまいていく。彼の「善意」はエゴイズムとしばしば同義となり、あるいは誰かの自尊心を傷つけ、あるいは「カモ」として利用される。だが彼の滑稽なまでの善意を著者は全否定はしない。結果的に彼は多くのものを失い、傷つき、傷つけるが、その人間的な資質が変わることはない。それで良いのだとリチャード・プライスは呟いている。

秀逸なシークエンスがいくつもあるが、白眉は主人公の恋人となる黒人女性との”最後の”ファックシーン。ある種の局面に追い込まれた際、恋人の女はある種の準備をしてことに及ぶ。その透徹した人間洞察に軽いショックを受けた。

リチャード・プライスは大好きな脚本家。『ハスラー2』『シー・オブ・ラブ』『ナイト・アンド・ザ・シティ』『クロッカーズ』等々、傑作ではないかもしれないけど、都会に生きる男女の孤独と犯罪社会の濃密な描写力はピカイチだと思う。とはいえ、前作『フリーダム・ランド』の原作小説は前編で挫折。映画版を見て「ああ、そういう話だったら最後まで読めばよかった」と後悔した。だから本作も若干のかったるさを覚えながらも一応最後まで読んだ。読んで良かったですよ。
posted by minato at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
書籍のレビュー、いつもいいですよね。
これからも楽しみにしてます。
Posted by at 2008年09月10日 10:36
恐縮です!もっとたくさん読みたいです…。
Posted by minatorz at 2008年09月10日 18:58
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