2008年09月26日

『チャイルド44』トム・ロブ・スミス著

『チャイルド44』トム・ロブ・スミス著。

1953年のソ連を舞台にしたスリラー&ミステリー小説。子どもばかりを狙った猟奇的な連続殺人事件が発生。国家保安省捜査官が犯人を追うが、スターリン体制下の「社会主義国家に猟奇殺人は存在しない」という歪んだ無謬性により、犯罪は「ないこと」とされ、子どもは殺され続ける――。

というあらすじを読んで、傑作刑事映画『ロシア52人虐殺犯/チカチーロ』(クリス・ジェロルモ監督)のパクリか、と思ったが、映画のモデルとなった事件及びそのルポルタージュに着想を得たものらしい。同じ事件をモチーフにしても、こちらは全くの別物。完全に独立したフィクション作品だ。

強く印象に残るのは、全体主義国家の生活ぶり。密告と裏切りが社会の隅々に浸透し、人々は疑心暗鬼の無間地獄に陥っている。命の価値はおそろしく軽い。つまらぬ発言や誤解を招く行為でスパイの容疑をかけられ、強制収容所に送られ、あるいはあっけなく処刑される。民衆は極寒の街路で配給に長い列を作り、貧しさのあまり人肉食に走り、自由を封殺された希望なき人生を送り続けるのみ。しばしば北朝鮮の潜入ルポをテレビでやっているけれど、まさにあんな感じ。

主人公のレオは国家保安省捜査官という特権的な地位にあり、はじめは国家の安全を揺るがす人物を排除するエリートとして登場する。生活も比較的豊かで、美しい妻と温和な両親をもち、将来も約束されている。だが彼の仕事は非情だ。疑わしい人物を捜索し、薬物を使用した厳しい尋問を行い、収容所あるいは処刑場へと送り出す地獄の門番。そこにエリート同士の陰湿な確執が絡む。だが、口に泥を詰め込み、胃袋を切り取られた子どもの死体が夥しい数見つかるに至り、レオは捜査官としての使命に目覚めていく。だがそれは国家の望む行為ではなかったのだ。

……という前半は面白い。

1953年はスターリンが死んだ年。3年後にフルシチョフによるスターリン批判演説が行われ、世界中の左翼運動に大きな衝撃を与えるが、スターリンの死はこの作品にも劇的な展開をもたらす。国家と個人との関係性が「そうきたか」といった箇所で切り結ばれ、面白い。

ただ、この小説がロシア人作家の手になるものならばともかく、ケンブリッジ大学英文学科を首席で卒業したような29歳のイギリス人作家の手で書かれているため(というのは偏見かもしれぬが)、問題意識はどこか希薄で、全体主義の恐怖がサスペンスを生むための道具立てに終始しているだけのような気がしなくもない。各シークエンスの最後に小さな驚きをもたらす一文を付け加えて読者の興味を持続させる手法も、王道といえば王道ながら、次第に浅はかに見えてくる。悪役の人物造形の浅薄さもいただけない。

あっという間に読めてしまったし、大どんでん返しが起きる終盤など驚かされるが、息苦しい重圧感を強いる社会主義国家の影を描く前半がもっとも魅力的だった。後半なんて「手に汗握る冒険小説」だが、小説ではなくよくできたプロットを読まされてるみたいだ。と思ったら、謝辞の欄にロバート・タウンの名を発見。どこにでも出てくるなぁ、この御大は。
posted by minato at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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