2009年09月29日

『ロスメルスホルム』(イプセン作、花島宣人演出)@中板橋新生舘スタジオ

『ロスメルスホルム』(イプセン作、花島宣人演出)@中板橋新生舘スタジオ

ノンポリだった元牧師が、舘に身を寄せている女、レベッカの唆しによって左派に転じ、保守派の親友と袂を分かつ。だがレベッカには隠された意図があり……。

政治的な問題を扱っているが、それは入口に過ぎず、人の心の不安定さ、欲望を満たすために犯してしまう罪、悪意、言葉では説明にしにくい、人の不条理な情動などを描いている。自分らしさというものを持てずに右往左往する元牧師や、敢然と保守思想を貫くその友人など、男たちの営みは割合類型的で、疑問を抱かせない。とにかくこの劇の鍵を握るのは、一種のファム・ファタールであるレベッカなのだ。話が進むほど明らかになっていく彼女の過去と目論み。レベッカは元牧師の妻が邪魔だった。だから彼女の耳に言葉によって毒を注ぎこみ、自死へと追いやった。その心境をつづった台詞がすばらしい。

「誘惑にかられて一歩踏み出すたびに、心の中で恐怖の叫びをあげていたの。やめるんだ! これ以上踏み出しちゃいけない! ――でもやめられなかった。もう少しだけ、そういう誘惑に負けて、唯の一歩だけだと、いつも、一歩だけ、もう一歩だけ――そして、こうなった。こんなことは、そういう具合にして起きるものなんです」

説得力あるなぁ、と思う。冷酷無比な計画を成し遂げながらも、実のところそうした行動にはとても繊細な葛藤が伴っており、しかも自分自身、そんなことを本気でなし得るとは考えてもいないのである。だが、元牧師の妻が自死するお膳立てをしたのは絶対的にレベッカなのだ。

イプセンの描く女性像はいつでも複雑な性格をなしており、多面的で、その息遣いがちゃんと聞こえてくる。そしてしばしば、意図的にも無意識的にも、男を破滅に追いやっていく。だがそれは本当の破滅ではなく、どことなく甘美なペシミズムを帯びている。いや、俺にはそう見える瞬間がある。こう言っていいかどうかわからないけど、すごく女性の内臓、そのあたたかさと生々しさを感じさせる劇ばかりって気がするんだよなぁ。ロジックでは決して解き明かすことのできない、謎めいた生物としての女性を描こうとしているというか……。

なんせ、このレベッカというキャラクターを完全に把握し、コントロールするのは相当困難だと思う。役者が役の手綱を引くのではなく、役が役者を振り回すんじゃあるまいか。というのも、戯曲読んでても、結局彼女がわからないのだ。わかったようでいて、よくわからない。だからこそ解釈の仕方も多様だし、役としての底知れぬ魅力があるとも言える。なんせ、久保田さんは頑張っていたと思う。でも難役だなぁと。

劇中、自分が元牧師の妻を死に追いやった奥底には、「その場所に座りたい」という気持ち、それから元牧師に対する激しい性的欲求が潜んでいたとレベッカは告白する。「えっ、そこでそんなこと言うの!?」って感じで露骨な告白はなされるんだけど、ベルイマンの映画にもこういう唐突な女性の性的欲求の告白ってよく出てくるなぁと。最初はどんなに異様に映るものでも、ちゃんとオリジナルがある。古典に触れるとそんなことが学べる。

難しい劇だけど、高く高く聳える山だからこそ、挑戦する意義がある。そう思わせられる芝居だった。そして改めてイプセンの戯曲は再点検する必要があるなと。そんな機会を与えてくれただけでも、この上演に触れたことは、自分にとって非常に有意義だった。
posted by minato at 22:34| 東京 ☀| Comment(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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