2009年09月30日

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(摩砂雪、鶴巻和哉監督)、『行旅死亡人』(井土紀州監督)

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(摩砂雪、鶴巻和哉監督)

心の底からのめり込めるアニメ映画って『AKIRA』しかない。生理的なものとしか言いようがない。見ていて、ひどく冷めてしまうのだ。新劇場版の「序」は作品自体が冷めていたような印象もあって、「破」は(まあ、見なくていいか……)と思っていた。だがしかし。

……面白かった。

相変わらず冷めてしまう場面も多々あるし、ダイジェスト的展開にはついていけない部分も多く、細かい設定や謎かけにはあんまり興味がわかなくなっているけれど、クライマックスの破れかぶれなエモーションに、ひたすら圧倒された。

旧作劇場版のラスト、人と人との融合が、どこか依存の病みを帯びていたのに対して、こちらは人と人とをつなぐための感情の暴走をあけっぴろげに肯定し、見事なラブシーンに結実している。やみくもに手を差し伸べる、ああいう感覚、わかるじゃん。膝抱えて背中向けてる娘がいて、どうにかしてあげたくて、じれったくて、感情が爆発しそうで、何とかこちらを振り向かせて、その手を握りたいっていうさ……。それがアニメーションでしかありえない形で映像化されていることに感動した。そうした割とポピュラーな感情が、なぜ気宇壮大な、宗教的モチーフと結びつき得るのかを、何となく理解させてくれたような気がした。凄いもん見たなぁ、という気分。満面の笑顔で劇場を出ることが出来た。次、早く見たい。


『行旅死亡人』(井土紀州監督)

こうりょしぼうにん、と読む。ノンフィクション作家を夢見るフリーターの娘(藤堂海)。そこへ一本の電話がかかってくる。「あの……あなたが重病で入院しました」「ハ、ハイッ!?」。いつのまにか、自分の身代りになって暮らしていた女が存在しており、その女が入院したというのだ。主人公は彼女に会いに行き……そこから先はもう書けない。何を書いてもネタバレになる。参考となる作品を挙げただけでネタバレになるので書きません。

一枚一枚、謎が解けていくミステリーの醍醐味を堪能させるが、行き着く果てはあまりにも悲しい女の生涯。それが単なるミステリーに終わらず、資本主義社会への鋭い風刺になっていくあたり、井土監督の面目躍如だ。長宗我部陽子が断トツですばらしい。というか、この女優のために作られた映画のような気さえする。正直に言うとヒロインとその友人のやりとりなど、若者のパートにはまどろっこしい部分もあるし、物語上の疑問点もあるし、低予算ゆえの苦しみがあちこちから滲むんだけど、ここぞという核は決して外さない。「やっぱ映画の核となるのは女性キャラと女優だよな!」と膝を打った。ラストシーン、込み上がる痛ましさで少し泣きました。単純に、こういう話に弱い。

http://www.kouryo.com/

今秋、シネマート新宿で公開。
posted by minato at 23:42| 東京 ☔| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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