2011年04月16日

『グレイト・グランマ・イズ・スティル・アライブ』(村松正浩監督)

■ENBUゼミナール卒業制作の映画祭「ドロップシネマパーティ2010春」で村松正浩監督『グレイト・グランマ・イズ・スティル・アライブ』鑑賞。とても良かった。全編深谷ロケの水晶のように透明な空気の中、老境にいる女性の、夢ともうつつともつかぬ意識の流れが綴られ、胸を衝くラストカットに着地する。しかもその後味が奇妙に心地良いのだ。バカみたいな前向きの気持ちでなく、老いを受容しつつ少しだけ前へ進む、といったさりげない手触り。慎ましい日常を生きていこうとする人間の根源的な意志。そうした感触を残すためには、43分という尺がちょうど良いのかもしれない。とにかく気持ちが良かった。

■この映画に関しては、ストーリーや人物設定について語ろうとすると、すぐネタバレになってしまう。出演者はみな二十代の若者ばかり。それなのにヒロインは「グレイト・グランマ」である。映画でしか使えないマジックである、とまではいわないけれど、映画ならではの想像力を見る者に要請する仕掛けである。そんな”お婆ちゃん”を演じるのは井土紀州監督『土竜の祭』の阿久沢麗加。趣味の良い着物に身を包むツンとした面持ちの彼女を、キャメラはひたすら追いかける。多角的に、鮮やかに、そして繊細に彼女の豊かな表情を切り取っている。ハイ、生来きつい顔の女性が好きなオイラは、思いっきり魅入られました。「阿久沢麗加の祭」でした。彼女が「女系家族の長」として若い男たちに対峙する場などまさに見せ場で、「ここぞ」を心得た強靭な演出によって高揚を誘われた。しかし彼女が強気であれば強気であるほど、映画の終わりにはちょっと切ない情緒が立ち込めるのだ。

■どちらかといえばわかりにくい映画であるとは思う。普通の脚本家にはちょっと思いつかない設定であり、構成である。映像作家ならではの力技というか、論理整合性よりも個々のシークエンスがいかに鮮やかな生気を放つかに準じた構成なのだ。しかし感性の自由を高らかに謳いあげる、といった青さはない。そこは「見せ方」の節度と品位によってしっかり統御され、個々のショットも丁寧に編み込まれている。ある場面に登場するおにぎりの映し方など、ひどく慎ましいだけに色々なことを想起させ心憎い。主題的には、今以上に真正面から「老境」に切りこめば、古井由吉の老人小説みたいに奇怪な世界が描けたのかもしれない、などと思わぬこともなかったけれど、それはまた別の機会となるだろう。特異な着想を清冽な詩情で包み込んだ、とても良い作品でした。もう上映は終了したので、今以上に多くの観客に見られる機会がほしいなぁ。

村松正浩監督公式サイト http://smalllight.net/

http://www.youtube.com/watch?v=USnOJSbFVIQ
『グレイト・グランマ・イズ・スティル・アライブ』予告編
posted by minato at 23:29| 東京 ☀| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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