2011年07月05日

馬場先生さようなら

■馬場当先生のお通夜と告別式、ぶじ終わりました。今回の葬儀では河本瑞樹さんが中心となり、先生の教え子やお弟子さん、朝日カルチャーセンターの元生徒さん、俳句の会のメンバー、自分の映画学校の同期、いまおかさんや坂本礼さんといった映画監督、日中シンポジウムの先生の仲間である脚本家の門馬さんなど、多くの方々が裏方としてお手伝いをしました。また日本映画学校の現役の生徒や卒業生も、我妻さんや河本さんがお声掛けして、色々とお手伝いして下さいました。それもこれも先生の人徳というほかありません。皆さまにはご遺族の方々も大変感謝しておられました。自分も何人かに声をかけてご協力をお願いしましたが(というよりみんな申し出て下さったという方が正しい)、その方々へ、この場を借りて深く御礼申し上げます。

■先生は三月十一日の震災前後から体調を崩され、三月十八日に入院しました。自分がそのことを知ったのが四月の中旬です。以来、ご家族の皆さま方と、シナリオ講座の自分の同期である中村さんと、映画学校の前身である横浜放送専門学校の出身者の方々、後半は映画学校同期の石川さんにもお願いし、週一ペースで順番に付き添いをしてきました。はじめはお元気な様子で色々と我がままを言っては困らせてくれたものですが、六月中旬あたりから少しずつ元気をなくし、六月二十三日には酸素マスクをつけて個室へと移されました。そして六月二十九日夜の二十二時五十七分、眠るように息を引き取ったとのことです。

■自分が付き添い担当の日には病室で色々な話をし、個室へ移された際にも、届いたかどうかはともかくとして、伝えるべき言葉はお伝えしました。だから自分としては心残りはありません。もちろん馬場先生本人は大変に不服だと思いますが……。

■自分にとって、馬場先生の存在はあまりにも大きすぎます。日本映画学校の面接試験の際、面接官として初めて接したのを皮切りに、シナリオに関しても、生き方に関しても、また、人生の経路そのものに関しても、先生からは誰よりも大きな影響を受けました。だから去年、川崎市民ミュージアムで「脚本家・馬場当」特集が催されたときはご本人も大変喜んでいましたし、自分もなんだか自分のことのように嬉しかったです。

■こういうありきたりな「結び」はご本人から煙たがられそうですが、それでもやはり、馬場先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
posted by minato at 17:22| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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