2011年07月09日

『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督)

■めちゃくちゃ久しぶりに映画館に入った。正直、心身ともに疲れ果てていたので、上映される映画がなんであれ満足したような気がする。映画に飢えていた。で、前から見たかった『ブラック・スワン』を見た。面白かったですよ。

■バレエ団で『白鳥の湖』を踊ることになったニナ(ナタリー・ポートマン)の内的な葛藤と成長をホラー/スリラー仕立てで描いたもの。ニナは「白鳥(ウブ/純潔)はいいが黒鳥(エロ/悪女)のパートはまるでなってない」とダメ出しする演出家(ヴァンサン・カッセル)とのスポ根的関係や、抑圧的な母親(バーバラ・ハーシー!)との葛藤、奔放なダンサー(ミラ・キュニス)との対立と和解を経て、奇々怪々な大団円に身を投じていく。その全体的な方向性も、一人の女性に密着する姿勢も好きだった。何より徹底的に女優映画/女性映画だったところが大変良かった。ひとりの女性に肉薄し、息使いや肌の質感の変容までをもぐっと凝視するような映画って、なんでこんなに面白いんだろう。最近はなんかもう、それだけで充分という気がしている。やっぱり自分にとって女性はすべて「他者」だからなんだろうなあ。そして何より、生物として美しいからなんだろうなあ。今の季節、満員電車に乗っていても、おっさんの汗はげんなりするほど臭いけど(おれも含めて)、女性の汗ってすごくいい匂いが……略。

■本作でもナタリー・ポートマンをじりじり追い詰める描写とそれへの寄り添いが一貫していて、ひたすら嬉しい。でも本番へ向けてテンションの高まる後半は、ヒロインの囲い込みの方法がいちいち戯画的で、怖がるよりひたすら笑えてしまった。ちょっとサービス過剰なんじゃないかしらん。

■見ながら考えていたのはポランスキーの『反撥』や『ローズマリーの赤ちゃん』、それにハネケの『ピアニスト』のこと。それら先達の映画がいかに偉大だったかに思いをはせた。特に自分がいかに『反撥』を偏愛しているかを再認識した。『反撥』という映画は、女優映画/女性映画の古典だ。ある女性の性全般に対する不安を、彼女が閉じこもる密室とそこで見る幻覚を中心に描いた傑作で、このテの映画を志向する者は誰もが憧れる。そして誰も乗り越えることができない。それを改めて知ることができた点が、本作を見ての最大の収穫だった気がする。

■とはいえ、「表現」というものが、表現者の私生活、暮らしぶり、生き方、人間としての成熟といかに不可分であるかをしっかり描いた点はとても良かったと思う。母親からの抑圧によって性的に潔癖たらざるを得ないヒロインは、ヴァンサン・カッセル扮する演出家のマチズモ指導に戸惑う。彼女が技術的には高いレベルを誇りながらも、自分の殻を破ることができず、表現に官能性や凄味が出てこないことが、ヴァンサンには不満である。ヴァンサンは彼女に対して「自分を解放しろ」と詰めより、あからさまにセックスを迫る。「セックスできれいになる!」を女性誌で特集すれば売れ筋となり、権力のある男が同じ言葉を口にするとセクハラになるってやつですね。

■こういうのは「舞台裏あるある」でおなじみの風景ながら、一面の真理を突いてはいる。「自分の殻」とは自己愛に過ぎないわけで、そんなちっぽけなものを打ち破れない表現者は、彼のステージに邪魔なだけなのだ。もちろん、こういった思考法はおじさんたちがうぶな若い娘を口説く上で格好の口実となり、先述したようにセクハラ問題に発展しがちである。だからあまりここでのヴァンサンを礼賛したくはないのだが、「自分の道を邪魔するのは自分」など、彼の台詞には名言が多い。だから舞台を成功させた彼の表情に、少しぐっと来てしまったのは確かだ。

■まあ、性的に奔放だったり、成熟、爛熟しているからといって、その人がいい表現を生むとは限らない。むしろ黒鳥を演じるために自分自身の性を開花させなくちゃ、と思い詰めるヒロインや、そう仕向けるヴァンサンの趣味と実益を兼ねた情熱には表現者の業があり、「性」ってものの厄介さ、価値、複雑さをうかがわせる。さらに言うと、これってべつに表現者だけの問題ではない。会社でも学校でも家庭でも、「自分を解放してるかい?」という問いは誰にだって突きつけられる。それが性的な話題であれば、うんざりするようなハラスメントになる可能性も大きい。そんな仕組みや空気を作っているのはもっぱら男のせいなのかもしれないが、それはともかくとして、「わたしは表現者ではないので無縁の世界」とはとても言いきれない主題を本作は扱っていたのではなかろうか。自分を解放しようとあがく女性の精神遍歴を、ケレン味たっぷりに描いた映画だと思いました。
posted by minato at 15:21| 東京 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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