2011年06月18日

訃報 橋本信一先生

■日本映画学校の専任講師、橋本信一(享年50歳)6月17日逝去いたしました。          

■通夜:6月19日(日)  午後6時00分より

■葬儀:6月 20日(月) 午後1時00分より

■場所:西光寺不動殿 神奈川県川崎市麻生区黒川41-1
小田急多摩線黒川駅より徒歩5分

■自分は橋本先生が初めてクラスを受け持った時の生徒、すなわち橋本ゼミ一期生でした。

残念でなりません。
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2011年06月05日

なかったこと

■震災からおよそ三ヶ月、精神的には落ち着きを取り戻しつつある。被災者の現在、原発問題、国会等、報道を見ていると、やりきれなさに暗然とする。デモに参加してみた。僅少ながら義捐金を送ってみた。だがボランティアにはいまだに参加したことがない。後方支援のような形で何か出来ないかと思う頃には、自分の生活を支える目先のことでがんじがらめになっていた。映像業界の知己には被災地へボランティアに行く方も数名いた。自分にはいまだにそれができていない。自分の生活を優先させた。そうするしかない状況もあるにはあるが、それについての後ろめたい気持ちが常にある。

■仕事は震災後ぴたりと止まったが、ひと月経つか経たないかのあたりから、息を吹き返したように色々な企画が動き出した。震災直後、映画の仕事なんてもうないな、バイトを探すか……と思っていたこともあり、自分はやみくもにそれに乗った。幸運だったのは、頂いたお話がどれも血がざわつくほど面白いものだったことだ。作り手がつまらないと思いながら作った映画なんか世の中にないほうがいい。いや、あってもいいけど、おれは見たくない。現在進んでいる企画はぜんぶ成立してほしいと切に願うものばかりだ。しかし一方では、こう考えてしまう。バカみたいに働くことで、3.11のことをまるで「なかったことのように」しようとしているのではないか、と。

■今年は震災がなくとも色々しんどい。よくもまあ、これだけのことが降りかかってくれたと思うくらいに色々ある。「忍苦の年」だ。そしてそのような状態にいる自分に楽をさせず、苛め抜くことで、上述したような後ろめたさを解消し、内部被曝への不安をなきものとし、東京にいながらそれを不安に感じることへの罪悪感を心の中から追放し、現実の諸問題から目をそむけようとしている、そんな気がする。今現在の率直な気分だ。

■そしてその気分のまま、今は書くことを続けたいと思う。なりふり構わず、ひとつひとつに集中して。そう自分に言い聞かせないと気持ちの整理がつかないよ。
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2011年03月25日

二週間

■東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から二週間が過ぎた。避難生活を続ける被災地の方々には言葉もない。大切な人達を亡くした御遺族の気持ちなどとうてい推し量れるものではない。TV番組で現地取材の報道を見るたび重苦しさに囚われる。しかもまだ被害の全貌はまだつかめていないという。未曽有の、という言葉では何一つ把握できない事態が現在進行形で続いている。

■震災直後の数日間は、気がつくと脚がかすかに震えているようなことがよくあった。今はもうない。余震は相変わらず多いが、東京よりもまず福島の震度が気になる。福島第一原発のことが常に念頭にあるのだ。スーパーやコンビニの品不足は相変わらずだが、牛乳やカップ麺といった品切れの商品も徐々に陳列棚に姿を戻しつつある。いずれにせよ、東京という安全地帯に暮らす者の話にすぎない。買い占め問題も、東京を離れた者に対して放たれる「私は逃げない」などといった愚かしい文言も(いくつか目にして暗い気持ちになった)、人間が生来持つエゴイズムや同調圧力の発露であって、特に珍しい現象ではないのかもしれない。飛散する放射性物質に対しては、以前に比べれば少しは余裕をもって見つめることができるようになった。とはいえ、原発の状態は安堵というには程遠い。むしろ悪化しているようにしか見えない。そこのところがどうもよくわからない。どうやらこの不安感とは今後しばらく付き合っていかざるをえないようだ。

■告白すると、IAEAの専門家たちが来日し、都内の安全を宣言したことで、少しだけ気が楽になった。政府=東電の発表はあまり信用がおけず、とめどなく情報の相対化を図ってゆくネットは玉石混交だ。そこへ、何につけ大仰に見えるIAEAがお墨付きを与えたのだからたぶん大丈夫だろうといった程度のことである。結局、頼りは黒船かよと自分の島国根性に呆れもするし、ならば東北の人たちはどうなるんだとも思うが、本当に申し訳ないけれど、まずは自分の身の安全についての保証が切実にほしかった。それなしには被災地への想像力さえおぼつかなかった。さしあたり東京にいる人間は、できることがあるならば、それをするしかない。

■震災前から設定されていた〆切をいくつかこなした。この渦中にあって散文やシナリオ執筆に集中するのはかなりしんどい作業だった。それでもひとつひとつクリアしていくことで、多少なりとも自分が何者であったかの確認をすることができた。3.11以降の表現とは、みたいなことを言い出す人がこれから出てくるだろうし、すでに出てきてもいるのだろうけれど、この大きな現実の前にすると、きわめてくだらないことだと思う。経験が生きるのは「あさってのこと」だと師匠が言っていたではないか。「詩より現実を愛せよ」と安吾も言っていたではないか。しかし影響は否定できない。先日提出したシナリオの初稿に、現在の精神状態が思い切り反映されてしまい、我ながら焦った。そこから逃げられない感じがあった。この非常時に何をやってるんだという後ろめたさも強かった。何事もなかったかのように仕上げたが、そもそもこの状況で新しい企画が実現するのだろうか。

■冷静に考えると、「3.11以降」の「以降」の段階にはまだ来ていない。二週間がたち、あの出来ごとを少しずつ過去のことにして、「以前」の日常へと戻したいという気持ちが、世間にも個々人の中、また東電や政府連中にあることは否定できないが、自分の考えではそれは無理だし、戻すべきではない。本当のカオスはこれからだ。何より、東日本の一部が被災したのではなく、自分たちが被災したのだという感覚を保ち続けなければならないのではないか。自分自身も、つい原発のことばかりに気がいってしまいがちだが、被災者への援助こそが喫緊の課題なのだ。原発問題はその次だ。単に地理的な事情で、東京に住む自分の懸念が原発というにすぎない。

■仮にこの事態から何か前向きなものを見いだそうとするならば、これまでの驕慢を深く反省し、一部の人間だけが得をする仕組みの利権構造を徹底的に破壊し、空疎で形骸化したあらゆる無駄なシステムを葬り、シンプルな倫理――人の命は金より重い――に根ざした新しい世界/社会を築いていくための契機を与えられたということだろう。

■だが人間は必ず驕る。利権を独占しようと画策し、そのためのシステムを構築する。いま美しい物語に寄りかかろうとする者は、いずれその物語によって搾取される。革新の契機という捉え方ですら、物語に過ぎないのかもしれない。一個人としての現実はシビアだ。仕事の状況次第では身の振り方を考えなければならない。経済的・環境的に東京に住めなくなった場合のことも考慮の内に入れなければならない。2011年、まさかこんな春が来るとは考えもしなかったが、それが到来してしまった以上、頭を切り替えて向き合っていくしかない。ただまあ、自分は決してへこたれないだろう、という確信だけはある。富や地位なるものを有していない人間の唯一の強みはそれである。人が持ち得るのは、希望しかない。
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2011年03月18日

一週間

■日付は18日だが、実際にこれを書いているのは19日の早朝。さかりを終えたばかりのソーニャが、急に事態を把握したかのように、一晩中大運動会を展開しやがった。外ではカラスがわめき、満月が曇り空の中から鈍い光を放って下界を見下ろしていた。気が滅入るくらい静かな夜だった。

■昨夜だけでなく、この一週間、気分はひどく落ち込んだままだ。混迷の度合いは収まるどころかむしろ深まり、不安は少しも取り除かれない。これまで、一個人の不安、過ぎ去るのをひたすら待つような不安は多々あったが、世界と個人が直結したような不安は初めてかもしれない。孤独に閉ざされた不安ではなく、世界と繋がっている不安。視界に入る人々と共有しえる不安。共同体への苦手意識が強い自分にとって、こんなことはかつてなかった。事情はまるで異なるが、アメリカ映画でよく見るキューバ危機というのは、もしかするとこのような空気だったのではないか、などと愚にもつかぬことに思いを巡らせたりした。

■以下、まったくもって個人的なことを綴る。実に個人的なことだ。自分はイメージを扱う仕事をしているだけに、外界の雑音を遮り、心の内奥に耽溺する時間が絶対に必要なのだが、すぐに現実に引き戻されてしまう。そもそも妄想を商売にできないかと思うところから始まったような仕事だけに、イメージの世界に入り込めないのは辛い。いつもみたく心の声に耳をすませようとしても、コンパスが狂ったように心は千々に乱れ、ビジョンや道筋を何も示してくれない。流言飛語に惑う時間帯と、地震前の日常へ戻ろうとする時間帯と、根拠のない前向きな気持ちになる時間帯が入れ替わり立ち替わり訪れる。実に驚くべき軟弱さである。しかしこうも思う。今は弱くあれ、と。

■この弱さは、現在の自分に必要。「力強さ」を疑え、「確実さ」を疑え、何よりも「美しさ」を疑えと、それだけは確かなことのように心の声が囁き続ける。サヴァイヴするための知恵ではない。気持ちのありようのヒントだ。感情が落ち着きを失っている時、自分がどのような行動に走りつつあるのかについて、人は客観視できない。客観的になっているつもりでも、その根本が気付かぬうちに壊れていたりする。おぼつかない世界に対して柔軟な姿勢で対峙し続けること。それだけは確かなことのような気がする。

■今はまだ、この世界の中に、飛びつくべき「物語」はいらない。物語を生きてはいない。何らかのプロセスの一部を生きている。近く(本当にすぐ近く)向き合わねばならない「その後」への対処については想像を絶するところがあるが、そこに立った時、初めて物語が起動するという気がしている。それについては少しも絶望していない。むしろその逆だ。ただ今は、現在がしんどいというだけだ。

■あとこれはどうでもいい経験談だが、忘れないうちに書きとめておく。地震が起きた11日は、新宿へ映画を見に行こうとしていた。最寄りの駅まで向かったが、気が変わった。徒歩で新宿へ向かいながらシナリオの構想を練ろうと考えたのだ。目白通り沿いを歩いていた時、地震が発生した。街がざわざわと大きく揺れていた。街路樹や電線が揺れていた。地鳴りのような音が響いていた。すぐにとんでもない震度だとわかった。全面ガラス張りのビルの前だった。ガラスが割れるととっさに判断し、車道に出た。車道は車がびゅんびゅん走っており、ああ俺は逃げ場を失ったと思った。まともに立っていられなかったので、歩道の手すりにつかまりながら、とにかく建物から離れようと引き返した。信号は青だったと思うが、やがて車の群れも揺れを察したようにぴたりと停車した。ビルの中からOLたちが階段を駆け降りてくるのが見えた。周辺の建物から蒼ざめた表情の人々がどんどん出てきた。交番のおまわりさんも、いかめしい顔で突っ立つしかなさそうな様子だった。飛んでいた鳥たちが実に嫌な形で隊列を崩し、四方へ散っていくのを見て、気持ちが悪くなった。それが一週間前のことだった。「以前」と呼ばれる日常の終わりだった。

■次の一週間で、何が見えているだろう。
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2011年03月16日

地震から五日目

■あまりにも重すぎる現実の前に、何も書く気が起きず、また、安全地帯にいる者がのんきに何かを書くべきではない、という変に自制的な思いもあったが、ひとまずそういう考えを捨てようと思う。書くことで少しは気持ちが整理できる。それに、ごく稀に、ネットの発信をチェックして下さっている方がいるからだ。

■地震から五日目。余震への不安が、飛散する放射性物質への恐怖に入れ替わるという展開はいささか堪えた。ゆうべも静岡で震度6強の地震があり、東京もかなり大きく揺れたが、もはやそれほど怖くはない。それよりも放射性物質だ。昨日までは、枝野官房長官や保安院が記者会見を開くたびにテレビを凝視し、ツイッターの解説によって情報の補足と相対化を図っていた。冷静に判断しようとしても、あらゆる情報が飛び交っているため、どれを信じて良いのかさっぱりわからない。わかったのは、「これがパニックなのだ」ということ。宮崎県の串間市では今日、原発推進団体が即座に組織を解散したというが、それがさしあたりの当然の判断だということもわかった。福島第一第二原発のある町の近隣住民や近接する被災地の方の直面している事態に少しでも思いを至らせると、自分の置かれた立場など屁でもないとも思うようになった。

■怯えているだけでなく、原稿処理も打ち合わせも確定申告も粛々とこなしている。あんまり身が入らないけれど。一昨日の夕方、打ち合わせで訪れた新宿の喫茶店「らんぶる」には自分たち以外に客がおらず、がらんとしていた。普段ならありえない光景だ。18時には「螢の光」が流れて閉店となった。節電の影響なのか、新宿駅東口のアルタの電飾は消え、ABCマート上のソフトバンクの広告も消えていた。音楽も聞こえず、僅かの客の呼び込みと、人々のおしゃべりと、足音だけが響く。日が暮れてからの歌舞伎町は、平常時と比べ、人の数こそさほどの変化は見られなかったが、あちこちの電気が消え、薄暗かった。薄暗い歌舞伎町を人々がそぞろ歩いていた。空気がぬるかった。変に夜風を感じた。

■スーパーやコンビニへ行くと、棚がすっからかんになっている。行きつけのスーパーでは米を買い求めるお年寄りによる長蛇の列ができていた。豆腐はあるが納豆はない。肉はあるがインスタント食品はない。店を何軒回ってもトイレットペーパーと牛乳が買えなかった。電車では大きな荷物を抱えた男女を複数見た。非常時に備えたものなのか、東京脱出を図っているのかは定かではない。そうした光景を目にしたり、脱出する著名人が出たとなると、少なからず動揺もする。でも今のところ東京を出る予定はない。自分の場合、出ても出なくても仕事にはあまり差し障りないんだけど。

■これからの日々がどうなるのか、色々考えてしまう。「落ち着きを取り戻す」という状態は当分来ないだろう。まだ何かの真っただ中だという感覚が強い。地震前日に見た『その街のこども』のことを時折思い出す。あれはこうした状況に対して、とても示唆的な作品だった。さまざまなヒントがあそこにはあった。ちなみに映画は地震当夜、上映中止となった。

■経済、行政、そして庶民生活における感情的な混乱が、今後いっそうひどくなることは目に見えている。本当に怖いのはここからだ。誰だって冷静さを欠き、感情的になり、不寛容が美徳であるかのように思い違いをする局面が多々現われると思う。

■その時問われるのが倫理だ。

■少なくとも今の自分は、被災地の救援活動を見守り、節電に努めるほかに出来ることはない。女川町のことを書こうとすると辛くなる。でもそれはあくまで安全地帯にいる個人の思いにすぎない。被災地の方々の苦労や悲しみは想像を絶する。あの町にはいい思い出しかない。頑張ってほしいと切に願う。
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2011年03月12日

地震

■地震、東京在住の自分は問題ありませんでした。

■東北地方の知己のうちには、無事の確認がとれた方もいれば、とりようのない方もいます。今は東京にいて、無事を祈ることしかできません。二十代の頃ひと夏を過ごしたという、一期一会のような関係でしかなかったけれど、自分にとっては思い出深い女川町の皆さんも、その他の被災地の皆さまも、どうかご無事でいてほしいです。

■引き続き、余震に注意しつつ、様子を見守りたいと思います。

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2011年03月07日

ところで『キラー・インサイド・ミー』を見る前に原作を読もうぜ!

■ところでジム・トンプスンの『内なる殺人者』こと『おれの中の殺し屋』が、『キラー・インサイド・ミー』として映画化された。4月16日の公開だ。監督はマイケル・ウィンターボトム。主人公のルー・フォードを演じるのはケイシー・アフレック。詳しくはINTROに掲載された作品情報をチェックしてくれ。予告編を見れば、原作に忠実に映像化されたってことが何となく察せられるはずだ。

http://intro.ne.jp/contents/2011/03/07_1921.html

■さる御仁のご厚意で、一足先に試写で見せて頂いたことは前に書いた気がする。一つだけ言えるのは、歴史的名作に対するリスペクトからなのか畏れからなのか、じつに原作に忠実な映画に仕上がってるってことだ。だから遠慮なく言う。もし『おれの中の殺し屋』を未読の人がいたならば、この機会にぜひとも原作を手にとってもらいたい。ある種の人には一生の宝となる作品だ。俺みたいに。

■トンプスンへの偏愛については前身ブログでさんざん書いたと思うからここでは繰り返さない。日曜日、高田馬場のコインランドリーで『内なる殺人者』の最終ページを呆然自失のていで閉じ、再び冒頭のページへ戻った時のあの夕焼けを今も忘れない。『結び目』の二稿あたりであのフレーズを使用するかどうか悩み、というか、あのフレーズ以外の言葉が思いつかなくて、えいやっと書きつけた時の気分も忘れられない。映画を見た方のうち、ごく数名が元ネタを嗅ぎとってくれた時の、妙な嬉しさ。英語字幕版ではあのフレーズが入るタイミングがバッチリだったそうな。あのフレーズって何のことやらと思う人はやっぱり、原作を読むべきなんだ。てなわけで、トンプスンについてはいずれまた書こうと思います。

■残念なのは、もはや『内なる殺人者』の映像化を寝床でぼんやり夢想する楽しみが永遠に失われてしまったってことさ。
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2011年02月27日

まなざしを得るための胚胎

■書いています。というより、書くために考えています。時間だけがむなしく過ぎてゆきます。映画館には行っていません。ビデオデッキが壊れたのでDVDやVHSも見られません。CSではいくつか映画を見ました。が、そもそもあまり映画を見ようという気持ちになれないのです。見たい映画はやまほどありますが、「映画を見に行く時間があるのなら、目の前のこの難物プロットをさっさと仕上げちまえよ。〆切を延ばしてもらったんだろ? 人様に迷惑かけてんだろ?」と、心の声が囁くのです。その通りです。そして難物プロットは一向に終わる気配がありません。デイネイですよ、デイネイ。

■例年、冬から春にかけては体調不良シーズンなので、そのせいかな、とも思いますが、それが初めて挑戦するジャンルだから、ということが大きいかもしれません。「誰だって初めてはこうなんだ……誰だって初めてはこうなんだ……」という、『霧の中の風景』のゲイの青年の言葉を思い出します。あれいい映画ですよね。いまだに心の中に大切にしまわれていて、人と話すときにパッと例に挙げたりすることが多いです。中高生〜二十歳前後の時期は、いい映画を見た方がいいと思います。それが感性の柔らかい時期だなんて、当事者はなかなか思えないものですが、年を重ねると、やっぱりあれがものごとを清新な気持ちで受け止められる貴重な時代だったことがわかる。良かれ悪しかれ、その後の映画人生のベースを不可逆的に作り上げてしまう。

■当人にとって重要な意味をなす映画とどこでどう出会うのかは人それぞれだと思いますが、「媒介者」としての批評家やライター、あるいは作り手が誰であるかも重要です。今ではネットによる情報が主となっている人も多いと思います。それは素直に羨ましい。自分が若い頃は雑誌か書籍、TV番組の映画の解説者による情報しかありませんでした。映画というものを狭く捉えていたな、と思います。けれども狭い世界だったからこそ、一つの情報を丹念に味わうこともできるわけです。いまだに映画鑑賞の「量をこなす」ことにそれほど熱心になれないのは、飴玉が溶けるまで口の中で舐めつくす、みたいな鑑賞方法が身に沁みついているからなのかもしれません。或る一本の映画を血肉化することに無上の喜びを覚えたせいで、一本のシナリオを仕上げるのにも異常に時間がかかってしまうのです……と、原稿の遅延を自己正当化している日曜日の朝なのです。

■でもまあ、出逢いは多い方がいい。それは胚胎という形をとるからです。ベルイマンの映画と出会ったのは高校時代の『野いちご』か『ファニーとアレクサンデル』が初めてだったと思いますが、その時はここまで彼の映画を敬愛するようになるとは考えていませんでした。映画学校の生徒だった頃、「お勉強」として見た『処女の泉』や『第七の封印』がピンとこなくて、今ではフェイバリットの一作『鏡の中にある如く』でさえ、(変な映画だなぁ)程度の印象しか持てませんでした。しかし少なくとも「触れ」てはいたわけです。その後、何年も経ってから、急に重要な意味を帯びる映画作家としてベルイマンが急浮上するわけで、その再接触の経験からこんなことを学びました。

■「若い経験」を自己の中で絶対化するのは、危険であり、成長を阻害するものである。

■人間は変化します。まさか自分がこんな風に世界を眺めることになろうとは思いもしなかった、という「パースペクティブの転換」というやつが頻発します。それは誰しも普遍的にもつ経験のはずです。置かれた状況や他者との交渉によって「自分」を認識し把握するのが人間ですから、それを促すのは社会的立場や人間関係の変化かもしれません。だが必ずしもそれが直接的原因とは限らない。「世界を見るまなざし」の変化は、環境がそのように促す場合もあれば、啓示のように突然舞い降りることもありうる。どのような形であれ、人の内面は死ぬまで変化し続ける。経験や思索によって面白いように変わる。問題はそれが「変化」なのか「成長」なのかということでしょう。「年の功」という言葉もありますが、加齢が即「重み」になる人もいれば、加齢が残酷なまでにその人の矮小さを際立たせてしまう場合もあるわけです。その審判を下せるのは誰か。若い人しかいない、というのがさしあたりの見解です。若い目だけが大人の「質」を見抜くことができる。そうやって自分は若い頃、大人たちを批判的に見ていました。だから今、自分は若い人が怖いです。大人はもう怖くない。

■ベルイマンに『冬の光』という名作がありますが、映画のラストシーンは、主人公である牧師の欺瞞を知り尽くした女性が、それまでかけていた眼鏡を外し、裸眼で彼を見つめる顔です。彼女はそれまでのまなざしを捨て去り、明晰なまなざしで彼を見つめるわけです。変化と言うより、おそらくは進化したまなざしを獲得したわけです。それは憐憫かもしれないし、愛かもしれないし、批判精神の勃興なのかもしれない。いずれにせよ、そのまなざしは明らかに彼を相対化している。胡散臭い形容ですが、彼女は魂の成長を遂げたと解釈できる。魂の成長は知性と不即不離の関係にあるのではないでしょうか。自己存在をより広い視野で認識する能力を得ることが、人の成長には不可欠なのかもしれません。

■長々と無駄に「ですます」調で書いてまいりましたが、仕事から逃れるためにこんな駄文をしたためているわけで、何と言うかまあ……ダメですわ。去年は何本も劇場公開作があったので、楽しく過ごせましたが、今年は年内に公開までこぎつけるような作品はあるんだろうか、といった感じです。すでに脱稿したシナリオは何本もありますし、現在進行形で作業を進めているシナリオも何本かあります。すべてうまくいけばいいのですが、基本的に書いた後は人任せなので、希望を他者に託し、目の前の仕事を粛々とこなしていくしかありません。そして出来るだけたくさんの本を読んで、成長していきたいと思います。あっ、映画も見るようにします。今年も残すところあと十ヶ月です。今年は自分にとっては胚胎の一年です。しかし三月を前にして言うべきことでもないような気がします、ハイ。
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2011年01月06日

「スコラ/坂本龍一 音楽の学校」

■一月三日の深夜、詩を書かない詩人のルイくんから突然電話がかかってきた。「今すぐTVつけろ。これは絶対見た方がいい。坂本龍一があれでこれで、山下洋輔がジャジャジャジャーンって、とにかく凄いんだ。俺は放映当時見て感動して、だから今、知ってる連中に電話をかけまくって、見ろ、見ろと言ってるのに、みんな反応が薄いんだ! お前は絶対見ろ!」。電話は切れた。俺は仕事をしていたのだ。一生懸命シナリオを書いていたのだ。そもそも三が日から元同級生の声なんて聞きたかないよ、反応が薄いのはあたりまえじゃないか、何という迷惑な男だろうと憤慨しながら寝室に向かってTVをつけた。

■それが「スコラ/坂本龍一 音楽の学校」総集編である。NHKだ。バッハ編、ジャズ編、ドラムズ&ベース編をそれぞれ四回ずつ、計12回の番組。30分×12回だから相当な長丁場だ。幸か不幸か、あるいは惜しむらくというべきか、自分が見たのはバッハ編の最終回からだった。番組紹介をするのが面倒くさいので、詳しくはこちらで見て下さい。→ http://www.nhk.or.jp/schola/

■で、これが大変面白かった。ルイ君言うところの「山下洋輔のジャジャジャーン」とは、吹奏楽部の中高生が、教授や山下洋輔や大谷能生らによるレクチャーで、どんどん即興演奏に目覚めていく過程を捉えたパートのことだ。生真面目なツラをした少年少女たちが、楽譜から解放されて「自由」な演奏を獲得するのだ。なかなか感動的だった。映画『フェーム』の、教室から街頭へと音楽&ダンスが展開されていく、あの名場面を丸ごと見ているようだった。「え、即興ってじつは準備されたフレーズの計算高い再現ではないの」とか、そういう野暮な突っ込みはいらん。素直に「ああ、いいな、あんな機会を与えられた彼らが羨ましいな」と思った。十代前半の耳って、本当に開かれているから。

■番組は、YMOのコアなファンにとってはさらに面白かったと思う。「ドラムズ&ベース」編では細野晴臣、高橋幸宏らがYMO結成当時を振り返りつつ、そのモチベーションや音楽性の変遷を回顧し、かつセッションまで繰り広げる。サブ司会のピーター・バラカンが嬉しそうだったなぁ。高橋幸宏がローリング・ストーンズのドラムのある特徴を演じて見せて、「これ知ってた?」とバラカンに聞く。「いや知らなかったです」。恥ずかしさと、それを上回る「発見」の高揚に若干紅潮したかに見えるバラカンさんの顔は、可愛らしい音楽青年そのものだった。いやまあ、番組の面白さを詳細に書く気力がないのではしょるが、これはどこかで再放送されるとするなら(そもそも俺が見たのも再放送=総集編だったのだが)ぜひ見て欲しい。

■シナリオにがーっと集中して取り組んでいる時、自分の場合は、何を見ても何を聴いてもシナリオに直結させて考えてしまう。自然とそうなる。映画はもちろんのこと、音楽、絵画、文学、日常生活の細部に至るまで、すべてがその時取り組んでいるシナリオにフィードバックされる。「スコラ」という番組もそのようにして摂取された。特にジャズ編におけるビッグバンド→ビバップ→モダンジャズ→モード→フリーの変遷。それらは浅いジャズファンとして知っていたことではあるし、ジャズという音楽をシナリオ創作と類比させて考えてみることは、実のところそれまで幾度も脳裏をよぎっていたことではあったけれど(中上健次もそうやって文体を練ったというエッセイを残している……というより、俺はそのエッセイに影響されただけなのかもしれない)、執筆の真っ最中に見ると、やっぱりシナリオの構造や発展について大きな示唆を貰えたのだった。それがいかなるものであるかは、恥ずかしいので書かない。いや本当はここに書いてあることすべてがとても恥ずべき内容なんだけれども、今の気分としてはそういうことを書いておきたいのだ。ついさっき、初稿を提出したばっかりなの。

■「異業種」「異分野」の作品世界、そこに窺える構造、ありようは、自分が取り組んでいる世界をきれいに相対化してくれる。その瞬間や、それについて考える時間はとても楽しい。興奮する。とりわけ「充実している」という感覚が強い。最近読んだ『私のマルクス』や『芸術闘争論』がなぜ破格に面白かったか。前者は信者の立場からキリスト教とマルクス主義をアナロジーとして捉える佐藤優の思考法が、後者は書かれてあること(現代美術の世界)を自分(シナリオ、あるいは映画業界)に引き寄せて考える上でのテキストとして面白かったのだ。「スコラ」は、深い海に潜り、息継ぎをする瞬間海面に飛び出したみたいなすがすがしさと、新鮮な息吹を与えてくれる番組だった。

■こういう思考法は、普段の生活で多かれ少なかれ誰もがしているものではないかと思う。あるひとつの世界を理解したいという欲求を満たすための、ひとつの方便だ。それによって共通点、相似点、もっと大きな普遍というもの、それから差異というものを見つけ出していく。だが注意せねばならないのは、「自分が考えているのと同じように他人も考えている」といった安直な同一視に陥りがちなこと。それは単なるエゴである。そして自分はその傾向が強い。今後の課題です。
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2011年01月04日

2011年の始動

■新年早々、仕事に血道をあげていたら、少しずつ町の喧騒が復活してしまい、正月気分も失せてしまった。なんだこれは。平日じゃないか。

■クリスマスもお正月も、人が楽しむものは絶対に楽しまないぞ俺だけは、みたいな意固地さが十代、二十代の頃にはあった。そこには、周囲が自分を孤独な気分にさせることへの怒りがあった。同時にそれは「孤独な自分」に酔いしれるにはうってつけのイベントだった。町の浮足立った気分の中、むりやり自己存在の侘びしさを味わうなんて心情は、今考えると我ながら恥ずかしく痛ましい。思うに、もっと切実に孤独を味わう事態というものが世の中にはあるのだ。凍えるような侘びしさや容赦のない孤独というものがあるのだ。昔の自分はそれへの想像力が欠けていたということである。町にひとの笑顔が溢れる季節を孤独に歩むとき、よほどの事情がない限り、そこに怒りを感じたり憎しみを覚えたりするべきではない、と今は思う。

■最近は、お正月はお正月らしく、世間に歩調を合わせて過ごすべきだと考えている。だって関係のある会社も個人も、結局お正月は動かないんだもの。いや、例外も稀にはある。そういう体制の仕事になっていることもある。二日から取り組んでいる仕事なんてまさにそう。だけど本来は静けさに心地良く身を委ねつつ、難解な本の一行一行を辞書広げて味わうのがベスト。今年はろくにそう出来なかったことが残念だ。こんな調子で大丈夫かいな、という気さえしている。

■今年最初に見た映画はCSで放映していた『うなぎ』。年末にもCSで放映しており、その時も見て唸らされた。公開当時、新作ビデオで見た時は(劇場に行く気さえなかった)、なんて古臭い映画だろう、でもちょっとこちらの背筋を伸ばさせるものがあるな、という認識だった。以来、何度も見直してきて、やっぱり格が違うな、との感を深めつつある。今村昌平という監督の存在は、年齢とともに凄味をもって迫って来る。桁違いの監督だと思う。現在、ベルイマンと国際映画祭の賞を競い合うような風格を持つ日本の映画監督はさすがにいないんじゃないか。巨星としての輝きが、最近の自分にはいよいよ眩しい。そんなとき、局地戦のむなしさを微かに覚える。

■ここ数年は駆け足で日々を過ごすことが多かった。今年からは少しずつ重心を低くして歩いていきたい。漠然としているけれど、それが2011年の抱負。
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2011年01月03日

あけましておめでとうございます

■昨年はあっという間に一年が過ぎてしまいました。即ち気持ちが充実していたということです。でも「充実していた」という表現は、じつのところ個人的な実感といささか乖離している部分もあります。仕事面、経済面、精神面に、あらゆる課題が波のように押し寄せてくるという、焦燥の日々でもあったわけです。焦るが故に気持ちの余裕がないという、ただそれだけの状態であったのかもしれません。

■とにかく逼迫し続けているのが経済面。書いても書いてもお金にならない。それ以前に、言うほど書いていない。それでも一応、述べさせて頂くと……。去年の年頭に四本の映像作品の劇場公開を目標として掲げたわけですが、それはおかげさまで達成できました。それについては満足しています。でも同時に「脚本執筆」と「劇場公開」の間にはあまり関連性がないということを学んだわけです。だって俺が映画を劇場公開に持っていくわけじゃないもの。当たり前のことではありますが、そういった的外れな傲慢さを今年は解消していきたいと思います。

■映画界(の一部)は厳冬期を軽く超えて、今年から氷河期に突入することが予測されています。相次ぐ劇場の閉館や制作会社の倒産を見ていれば、過酷な状況下にあることくらい誰だってわかります。色々な方にお話を伺うと、暗澹たる状況は映画界(の一部)だけではないらしい。だからと言って作り手がパニックを起こしたり、嘆き悲しんだりしてみても仕方がないんじゃないか、と思います。少なくとも自分が会う人はみな危機意識を抱いているし、次のアクションを起こしている方もたくさんいます。「諸君が泣きごとを言っている間にぼくは歌う」というやつです。

■ずいぶん前に「日本映画に良い意味で質的な変化が訪れる」といったことを書いたと思いますが、シビアな経済状況が、表現の純度をより高めるのではないかという楽観的な展望を自分は持っています。他者に対してもそうだし、自分自身に対してもです。やっぱり、面白い映画を見たいもの。「映画」という枠組がもはや崩れつつあるというならば、面白い「表現」が見たいもの。作り手にとって、ことの本質はただそれだけだと思います。もちろん、それが産業として成り立っていないことが、現状、問題視されているわけですが、その辺はそれを考え抜く人がいるでしょう。作り手の根っこは変わりようがないし、変わるべきではない。……といいつつ、自分はそこにほんの少し疑義を抱いているところもあるんですが。

■なんせ、自分はもともと何も持っていないところから出発しているので、いまさら動揺のしようもないわけです。映画だって、世の中に絶対必要なものではないわけで、そういう性質のものである以上、これくらいの悪天候に怯えてどうするんだ、と言いたい。それぞれの持ち場でできることを全力でやるしかないんじゃないでしょうか。

■元旦は心静かに読書しましたが、二日からはもう仕事開始。今年は仕事以外にも色んな場所に顔を出して見聞を広め、勉強する所存です。そのようなわけで、今年もよろしくお願い致します。
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2010年12月30日

それでは皆さま良いお年を

■村上隆の『芸術闘争論』という本が面白かったです。現代美術読解の基礎的な方法論や国際的なマーケットへ踊り出す上での戦略について簡潔に書かれた本ですが、そういった記述がこちらの心に響いたわけではなく(現代美術のことは何も知らないので)、創作上の方法論に関して明快な絵解きを行った箇所に深く頷かされたのでした。絵画制作と脚本執筆はまったく違うので、アナロジーとして読むのは無理があるんですが、そこに目をつぶるとするならば、繰り返し言及される「コンテクストの重層化」という言葉に、その表現がしっくりくるかどうかはともかくとして、膝を打ちました。自分が面白いと思う映画は、たいてい重層的なフォーマットを有しているからです。いや、映画ってそういうものだと思っているからです。

■映画学校の授業で、ある講師が(あるいはイマヘイ御大だったかもしれない)、どうにも説明しにくそうな表情で、「一つのことしか描いていない映画は退屈だ」と言いました。もう10年も前に高田馬場の居酒屋で出会った、自称TV局のプロデューサーは、「脚本の秘訣は、描こうとする対象から一度引くこと。さらに引くこと。さらに引くこと。もっと引くこと」と言いました。単一的でない読解をするのは批評家の役目であり職務です。しかし、なかなかそうはならない。手前味噌でたいへん恐縮ですが、『結び目』の批評で、あくまで脚本家の立場からという限定のもとに、もっとも「手の内を読まれた」感のある批評は、さる画家の方の筆によるものでした。

http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20101004/

■こういった精緻な読みは、非常に勉強になるし、励みにもなります。今後の課題・宿題を教示してくれるものでもあります。道は遠い。遠いからこそやりがいがある。素直にそう思います。

■そんなわけで、ことしは良い年でした。今の自分にとっての最大の喜びは、やりたい仕事をすることです。仕事をしたくても出来ない、やり方がわからない、またはどうにもうまくない仕事をやらざるをえない……といった鬱屈した状態から、少なくともこの一年は解放されました。すべてはそうした機会を与えて下さった監督やプロデューサーや会社や、あるいはそうした場所へと自分を繋げて下さった方々のおかげです。やりたい企画があっても、自力でそれを形にすることは困難だし、それを成立させる場所へ自力で辿り着くような力が自分にはありません。人との出逢いや関係性によって、はじめて何かが動き出し、育まれていく感じです。また、そのような職業でもあるのかもしれません。お声掛けくださったすべての方に感謝します。

■それでは皆さま良いお年を。
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2010年12月28日

自分

■少し前の話だけど、作家協会の忘年会に出て、尊敬すべき先輩方に色んなお話を伺った。現在進行中の仕事は少々ややこしい代物で、先達の助言を必要としていた。もっと大きな意味での「ライターとしてのあり方」なども、ぜひお伺いしてみたかった。その道で名を成した方々のお話というのは、必ず一面の真理を孕んでいる。真似出来ることもあれば自分には不向きなこともある。自分と照らし合わせながら拝聴すればいい。

■総じて、自分には歴史や経験に対する敬意というものが不足している。他者ではなく自分自身の感情や思いが大事だったからだ。ずいぶん長い間、自意識のフィルターを通してしか物事が見えなかった。いや、今だってそうだ。自己存在を世界の中で相対化し得る能力を「知性」とするならば、自分にはそれが甚だしく欠如している。物事を見つめる明晰な瞳。物事を理解する深い思考。そういったものが見事にない。自分しか見えない。感情しかない。そこには圧倒的に「知識の不足」がある。自己弁護するならば、それがゆえの野蛮さというものが、これまでの自分を動かしてきたわけだし、思考より行動、空理空論は不要、実践されたものしか信じない、という価値観自体は「正しい」と信じている。しかしもうそれだけではどうにもならない。

■忘年会で色んな方にお話を伺う中で、ある先輩脚本家が「どのようなジャンルであれ、どのような予算であれ、自分が正しいと思ったやり方で、自分の作品を書くことが、ゆくゆくは自分のためになる」というお話をしてくださった。「10年後の自分への投資」だと。身に沁みるお話だった。同時にそれは「作品のためにもなる」と思った。自分は映画に対して「作家の映画」を求めてきた。映画の中に作家の刻印を見た時、歓喜する。それは何も石井隆や北野武といった強烈な個性を持つ映画作家のことだけを指すのではなく、たとえばハリウッド映画の超大作『トランスフォーマー』でもいいのだ。あの映画も、結局のところマイケル・ベイのゲスなテイストが随所に感じられるから楽しいのであって、誰が撮ったのかわからんような映画では決してない。いやまあ、監督名を出されなかったらひょっとすると誰が撮ったのかわからないかもしれないけど、普通は監督名が出るし、それありきで制作はスタートする。

■これはまた、いわゆる匿名性を美徳とするような、職人気質の作り手への批判でもない。逆だ。彼らが追求する「ワザ」はすでにして個性であり作家性である。愚かしい自己主張よりも慎ましい匿名性のほうがよほど美しい場合だって多々ある、いや、そちらの方がずっと多い。たとえば小沼さんの『nude』が良い映画だと思ったのは、派手さとは無縁の、映画演出に対する慎ましくも真摯な取り組み方である。「足し算ではなく引き算」という、彼の美学、「ワザ」への追究が好ましい形で昇華されていた。その取り組み方自体を「作家性」という。要はモノづくりをする上で「嘘をついていない」ということが肝要なのだ。

■何度でも繰り返す。共同作業の映画作りであっても、結局は「作品=作家」だ。それを目指すべきだ。新藤兼人が「自分」ということに強いこだわりを持てと執拗に言うのも同じことだと思う。結局のところ人は自分のことしか書けない。こう文章にすると、すぐに等身大の自分、四畳半の狭い世界、みたいなネガティブなイメージを持つ人もいると思うけど、そういうことではない。自分の中に出来る限りの多くの歴史を、知識を、経験を詰め込んでいくことで、より大きな世界が見えてくる。大きな世界、普遍的な概念を、自分自身の中から、嘘をつかない形で、表現することが可能になるはずだ。そう信じるしかない。だから勉強はしなくちゃいけないし、同時進行的に、強く自己主張しての物づくりをしていかなければならない、と思う。

■以上は脚本の話に限定されたものだとは思わない。日常生活すべてに通底する認識であるような気がする。基本中の基本みたいなことだとも思う。……なんせ、来年の課題を書いている暇があったら仕事しろよ! と内なる声が聞こえてくる暮れの夕方なのである。まだ仕事は終わらない。
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2010年12月09日

ざんねんだけどいい気持ち

■カイロ国際映画祭デジタル長編部門のコンペに出品されていた『結び目』、残念ながら無冠に終わったようです。

http://twitter.com/OnumaYuichi
(小沼雄一ツイッター)

遠く離れたエジプトで開催されている映画祭の模様が、リアルタイムで伝わるって凄いことだ。

これまで、海外映画祭のマーケットへの出品や参加作品としての上映はあったけれど、コンペに脚本作が正式出品されたことなんて初めて。それが思い入れの強い『結び目』であったことがとても嬉しい。

本作のホン作りが始まったのは、一昨年の冬。撮影されたのが去年の春。公開されたのが今年の梅雨。師走の今になっても、まだあの映画がスクリーンで生きている。来年二月にはアメリカのサンタバーバラ国際映画祭への出品も決まっている。『結び目』はまだまだ生き続ける。感無量です。

■DVDも出ているので、まだ見ていない方は是非ご覧になってください。

http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%90%E3%81%B3%E7%9B%AE-DVD-%E5%B0%8F%E6%B2%BC%E9%9B%84%E4%B8%80/dp/B003XKRTGC%3FSubscriptionId%3D1PGV4GGGAXZ1AMXAKKG2%26tag%3Da_ci_top-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB003XKRTGC

■しかしなんだね。映画ってほんとにお祭りだね。
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2010年12月06日

雑記

かつて自分は、インターネットという、誰でもアクセスできる場所に、ある映画についての印象を書きとめることで、その映画に対するひとつの個性的な視点を提示できると考えていた。一本の映画に対して、複数の、あるいは無数の視点が存在する――それは映画文化にとって幸福な状況のように思えた。

また、映画について書くということは、自己の存在を見知らぬ誰かにアピールするひとつの手段でもあった。自己顕示欲といいかえてもいい。というか、ズバリ、自己顕示欲そのものだ。むろん文章の巧拙や質のことではない。映画を見た、ということを知らせること自体がすでに自己顕示欲なのだ。ところが最近、そうした欲が失われつつある。映画の感想ではなく、映画の脚本でそうした欲を満たし始めたということもあるが、やはり大きな原因はツイッターである。

ツイッターばかりやっていると、長い文章を書く習慣が失われる。映画の感想も140字以内で終わらせて事足れり、となってしまう。生来、無精なので、楽な方、楽な方へと流されてしまう。このブログに熱心に映画評を書いたりすることは、すでに面倒なのだ。ある作品に対する誰かの評に対し、異論を唱えたいと思っても、最近では(まあ、いっか)でやり過ごすようになってきている。それどころか、他人様の感想に関心が持てなくなりつつある。mixiの日記などもほとんど読まなくなってしまった(レイアウトが読みにくくなったことと、ピンク映画への言及を規制し始めたmixiへの怒りもある)。もちろんことは映画にとどまらず、小説だろうが時事問題だろうがいっしょだ。

映画を見ることと、その映画について書きとめることとは、違う。

自分の場合、映画について書いていくことで、見ている間に意識していなかったことがどんどん溢れだしてきて、鑑賞中の感想とは違った、その映画の本質とは乖離した文章が出来あがってしまうことがしばしばだ。映画から受けた素直な印象、無垢な感想よりも、その文章を構築しようという欲が上回るのである。それで良い、と思ってきた。そこに映画に対する誠実さや純粋さを、自分は規定しない(批評家にはそれを求める)。だがそうした行為に取り組まなくなった今、見た映画全般に対する印象や愛情が、少しずつ失われ始めているのを感じる。

自分は嬉々として映画を「消費」してきた人間だが、いざ自分が作り手の側に立った時は、与えられた枠組のなかで、いかに「やすやすと消費されない映画」を作るかに心を砕くべきだと考えてきた。実際どうなのかは、自分ではわからない。ともかく、理念としてはそうだった。しかし現在、自分が映画を見たはしから忘れていくようなこの状況は、避けたがっていた「消費」そのものではないか、と自省の念に駆られつつある。

今になって、見た映画についてそれなりの文章を書きとめるという作業は、自分にとって大事なものだったのかもしれない、と思うようになった。一本の映画についてある程度まとまった量の文章を書くという、時間と労力を費やすことで、その映画は確実に自分の中に残る。創作物に対して、創作者としての立場から、自分なりのアプローチをすることができる。もっとも、すべてを正直に書くとは限らないが。ともかく、映画に触れた、映画を掴んだ、そういう小さな実感がある。その実感をもう少し大事にすべきではないかという気がしてきた。

繰り返すが、ことは映画だけにとどまらないのだ。何かに触れて、それについて書きとめるということ。それによって、受け止めた「何か」を内在化する作業は、とても大事。自分にとっても、もしかすると「映画」にとっても。今一度それに取り組もうかと思います。

誰が読んでるかなんて関係ないんだよ。自己満足に過ぎないんだから。金になるわけでもないし。でも、なんかそういう気持ちになってきたんだよな、最近。ブログ文化が衰退しつつあるからかもしれないけれど。基本、判官びいきなので。

もっとも、自分は見た映画、読んだ本すべて、聴いた音楽すべて、あるいはその日起きた出来事について、すべてを書き記す生真面目さはないので、以前と同じように、気が向いたら書くだけの話ですが。

そんなわけで、よろしくお願いします。

ちなみに現在、カイロ映画祭に出品する『結び目』をひっさげて、小沼監督はエジプトで珍道中を繰り広げている真っ最中です。おいらは今日、ソーニャの首輪を新調しました。そして年末〆切の脚本にたいへん苦戦しています。ヒィ。
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2010年11月30日

川崎市民ミュージアムで「脚本家 馬場当」!!

■12月4日(土)から、川崎市民ミュージアムで、わたくしの師匠である馬場当の特集上映が行われます!

題して「脚本家 馬場当」

http://www.kawasaki-museum.jp/display/cinema/?p=158

11日(土)には、馬場当×山田洋次×いまおかしんじ(!)というトークショーが!

まさに歴史的な特集上映です。

ソフト化されていない作品が非常に多いので、この機会にみなさま是非ご覧ください。神代辰巳とのコンビ作『遠い明日』もやるよ!

■馬場さんは日本映画学校の面接官でした。つまり18歳のときに初めてお会いしています……ってことはもう18年のお付き合いになるのか……その後、脚本の授業の先生、卒業後はシナリオ講座の講師として、またはぶらりと鶴見のご自宅に遊びに伺うようなかたちで関わりが続いているわけですが(先週の日曜日もいまおかさんと行きました)、いまもむかしも自分にとっては「最大の人物」。自分の人生にとって、岐路となるような出来事は必ず馬場さんを通してもたらされるのでした。

■「ドストエフスキーをちゃんと読め!」。シナリオ講座に通っていた頃、自分の拙い原稿に朱書された馬場さんのよろけた文字はいまなお忘れられません。めったなことで人を褒めたりしない方ですが、不安だらけの二十代、師のちょっとした一言で救われたり、自信を頂いたりして、この方がいなければ自分は脚本家を目指すことなどさっさとやめていたように思います。まあ、その逆にずいぶん凹まされることもありましたが。

■シナリオ技法のようなものもずいぶん教えて頂きましたが、何より「脚本家とは作家である」という考えを強く叩きこまれたのは師のお陰であると思います。それに関して今では迷いはありません。なんせ凄い脚本家なんですよ。

■そんなわけで、みんな師走は川崎へGOだ!!
posted by minato at 21:47| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

『MiLK』上映終了、DVD発売&レンタル開始のお知らせ

■『MiLK』、ぶじ最終日を迎えることが出来ました。明日にはDVDが発売&レンタル開始ということがあって、正直、心苦しい思いがあったのですが、それでもスクリーンで上映するための映画であったことは間違いありません。劇場までご来場下さった皆様、誠にありがとうございました。そして宜しければDVDも手にとってみて頂けると嬉しいです。

http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id337828/rid1/p1/s0/c1/
『MiLK』レビューその@

http://tcinemaholict.seesaa.net/article/169868454.html
『MiLK』レビューそのA

http://ameblo.jp/odashimatokue/entry-10710880322.html
『MiLK』レビューそのB(完全ネタバレ爆笑レビュー)


■年内の脚本作の上映はこれでおしまい。一年に四本もの映画が上映されることなんて早々ないと思う。自分には出来すぎの一年でした。すっかり仕事納めの気分ですが、年内は重要な仕事がいくつかあるので、明日からはキリッと気持ちを切り替えて、大晦日まで驀進する所存です。

■まだまだ動くぞ、でへへへへ。
posted by minato at 02:24| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

『結び目』東京上映終了!

映画『結び目』、ようやく東京での上映を終えました。

昨夜の楽日の舞台挨拶は超満員! 気持ちよく東京上映の幕引きに立ち会えました。ご来場下さった皆さま、どうもありがとうございました。この作品はリピーターの方も多くて、中には三度劇場に足を運んでくださったという方もいらしたようで、そういうのって、嬉しくて仕方がないです。

今回、上映に至るまでに、とても多くの方々にご協力をいただきました。通常の試写だけでなく、人形町の三日月座での上映と、「シナリオ倶楽部」での上映では、柏原寛司さんや「シナリオ倶楽部」運営委員会のみなさんに大変お世話になりました。ご無理を申しあげたり、ご厚意に甘えたりしました。ありがとうございました。

それから「ミニシアターへ行こう!」や「人の映画評<レビュー>を笑うな」、「映画芸術ダイアリー」、そして「INTRO」といった、インディペンデントの映画サイトの方々にも、取材していただいたり、取り上げていただいたりして、宣伝しにくい本作品の認知度を、少しずつ広める結果をもたらして下さったと思います。局地戦を戦うしかない中で、こういう小さな映画に関心を寄せ、意味を見いだしてくださったことが、どれだけ励みになったことか。

そのほか、コメントだったり、web上での感想だったり、あらゆる形でこの映画の存在を(結果的に)広め、支援してくださった方々がたくさんいらっしゃいました。それから宣伝担当の佐向さん、櫻井さん、そして美しい公式サイトを構築し、運営してくださったサーモン鮭山さんにも心から感謝いたします。

*****

自分は編集から仕上げまで、何度も作品を見てきたし、二度の上映会でも見たけれど、イメージフォーラムのスクリーンで見るのは初めてだった。

いやあ、面白い映画だなあ!

と自画自賛。その後、メインキャストとメインスタッフの一部で朝まで飲んだわけですが、終わってしまうのかあ、さみしいなあ、との感慨がひとしおでした。今さらですが、最高のスタッフ・キャストだったと思います。

さて、その『結び目』ですが、明日発売となる「月刊シナリオ」9月号の桂千穂さんらによる対談で再度取り上げられております(先月に引き続き二回目!)。そこには「上半期ベスト3に入る」との発言あり。キネマ旬報での一部の星取表に対する批判あり! 

で、ここでもちらりと触れられているので、もう書いてしまって大丈夫だと思いますが、9月頭発売の月刊シナリオに、『結び目』のシナリオが掲載される予定です。自分もそこにちょっとした文章を寄せるつもりです。

次の静岡での上映まで時間が空きますが、この映画を引き続き、よろしくお願いいたします。
posted by minato at 19:21| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

インディペンデント

先週16日(土)の川本淳市さん×広澤草さん×小沼監督のトークショーの模様が「ミニシアターへ行こう!」で記事になっておりますー!是非ご一読を。

http://mini-theater.com/?p=8117
「ミニシアターへ行こう!」

今回、「人の映画評〈レビュー〉を笑うな」や「ミニシアターへ行こう!」といったサイトの方々には本当にお世話になっています。映画作りもインディペントの作り手たちが気炎をあげていますが、『結び目』のような小さな規模の映画にガッツリ付き合って下さる、こうした独立精神旺盛な映画サイトの存在も、映画文化を支える重要な存在なんじゃないかと愚考する次第です。

おもろい時代になってきたよ。

そしてINTROでも佐々木昭一郎のインタビューが掲載!

http://intro.ne.jp/contents/2010/07/24_1622.html

東京での上映は、残すところあと六回です。
最終日の7月30日にはイベントも予定されているそうなので、ぜひともよろしくお願いいたします。
posted by minato at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

ジブン

来月イン予定の映画のホンを必死こいて書いています。

書いてるとくたくたになるので、あいた時間はぼんやりビデオを見たりするわけですが、『マルコムX』(スパイク・リー)を久々に見直したら、思いのほかいまいちだった。

最初の一時間、ダンスパーティやギャング団の描写が長すぎる、というのは毎回思ってたことだけど、それ以上に、なんだろう、「映画っぽい映画」を再生産してるような場面がいくつか目について、しんどかった。たとえば、強盗の相談をしている際に、どちらが”ボス”であるかを示すためにやるロシアンルーレットの場面。実際にそんなことがあったのかもしれないけれど、ああいう、”虚構の中ではありふれたスリル”を描く時間がもったいない、という気がしてしまった。

もっと自己の側に引き寄せて、色々なシーンを作らなくちゃいけないんじゃないか。自分なりのリアリズム、みたいなものにもっとこだわらなければいけないんじゃないか。好きな映画の真似をするのではなく、現実生活で蓄積してきた、自分自身の体験や、生理や、考えを、もっと表出させていくべきではなかろうか。

昨日、鶴見の師匠の家にいまおかさんと伺って、色んな話を聞いたわけだけれど、やっぱり、師匠がこだわるのも「自分」なんだよなあ。

自分や自己は幻想である、という言説があることは知っているし、一面の真実があるのもまた事実。そうした考えにハマって、「自分というものはない」なんて言ったりしてた時期もあるけれど、「自分というものはないという幻想」を捨てる時期というものもある。そして、そういう時期にこそ人は生身を晒し、たましいを傷つけられ、心乱されて、結果的に、何かを創造しうるんじゃないか。

自分に責任を持つのはとても困難なこと。だからあの頃、ジブンは、自分というものはない、なんて言って、自己が持つべき責任や、不安や、自己否定の感情を、回避しようとしていたんじゃないか。

なんてことを考えたのです。

さて、「自分」にこだわって制作されたセルフドキュメンタリー映画の傑作、『アヒルの子』が、横浜シネマジャック&ベティで公開中です。
 
◎7月17日(土)〜30日(金)
・17日(土)〜23日(金):15:05〜(1日1回)
・24日(土)〜30日(金):19:55〜(1日1回)  

見逃した方はぜひこの機会にご覧ください!

わたくしの感想はこちら。

http://takehikominato.seesaa.net/article/153496426.html
posted by minato at 23:22| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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