2009年07月14日

『マルセイユの決着<おとしまえ>』(アラン・コルノー監督)、『感染列島』(瀬々敬久監督)

『マルセイユの決着<おとしまえ>』(アラン・コルノー監督)。すげえ久々のアラン・コルノー。ジム・トンプスン原作の『セリ・ノワール』を見た時は「わかっちゃいねぇな!」ってなもんでしたが、この人、何と言っても『真夜中の刑事』というとんでもなく不気味な怪作があるから侮れない。しかも個人的にメルヴィルの中でいちばん好きな『ギャング』のリメイク。メルヴィルってカラーになってからの作品、『影の軍隊』以外はいまいち乗れない。好きは好きなんだけど。

それはともかく、オリジナルの良さを継承しつつスタイリッシュにまとめた風格ある一品で、面白かった。まあオリジナルの最強にかっこいいストイシズムを思えば、ややケレンが強すぎるし、主人公ギュスターブの野蛮さや、狂ってるとしか思えない名誉へのこだわりが妙に理に落ちてしまっているし、何といってもポール・ムーリスが渋く演じた警視役を「仕立て屋の恋」の変態・ミシェル・ブランが演じているのが納得いかない。

……と文句を言いながらも、ギャングたち、おまわりたちを演じるフランス映画界のスターどもはやっぱりみんないいツラ構えをしているわけですよ。ギュスターブを演じるダニエル・オートゥイユをはじめとして、昔堅気のギャングのジャック・デュトロフ、『カルネ』同様腐った人間を憎々しく演じるフィリップ・ナオン、ギュスターブと対立する若いギャングのニコラ・デュヴォシェル……みんないい。ミシェル・ブランだって正直いいですよ。でももっとも目を引いたのが、ギュスターブとモニカ・ベルッチを寡黙に支えるエリック・カントナ! 佇まいだけで他を圧する何かがある。何となーく見覚えあるけど誰だろ、と思って調べたら、マルセイユ出身の超有名な元サッカー選手なのな。俺、ワールドカップの時しかサッカー見ないダメな人間なので知らなかった。

ギャングたちの息詰まる駆け引きにせよ、発砲の前後の緊張感の描出にせよ、ディテールにこだわった描写に唸らせられる。どんなあばらやに身を潜めていても、女とワインとチーズを嗜むときはちゃんとフォーマルな服装に身を包む、なんていうシーン見てるとぐっとくる。やっぱフレンチノワール最高だな!


『感染列島』(瀬々敬久監督)。名コンビ斉藤幸一キャメラマンとのタッグが大作映画でも遺憾なく発揮されている点に素直に感動した。空間の多角的な切り取り方、それを際立たせるスマートな編集。一人一人の登場人物に対する寄り添い方。劇場で見ずにホントすいませんでした、と思った。そりゃ確かに「ウーン」と首をかしげたくなる部分もたくさんある。ええ、たくさんあると思う。けど、これは相当な力作だ。いや「力作」なんて上から目線でものを言えるような立場じゃないんですがわたしは。少女から中年女性まで、女性を撮る手つきがもう全然違うじゃん。その人固有の「匂い」を撮ろうとしているじゃん。書き割りじゃない人間を作ろうとしてるじゃん。すべてが成功しているとは正直思えないけれど、凡百の「大作映画」とはDNAが違うってことが大事。それに妻夫木クン、さすがや。場に応じて繊細さと大胆さを使い分ける柔軟な演技。最後の「りんごを植える」って言葉もきいてる。何か一つ、見る者の心に残してく。

当り前のことだけど、やっぱ自分の目でちゃんと見なきゃだめだな、映画は。
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2009年07月12日

『パウロ〜ローマ帝国に挑んだ男』(ロジャー・ヤング監督)

朝、所用あって久々にソクブン様にお電話。男気の人や。大人物や。「これから選挙行く」言うてました。おいらもその後選挙行った。牛丼喰う。夜、プロットひとまず書き終える。コンタクトがないのでPC見るのがしんどい。立ちくらみばかり起こす。

『パウロ〜ローマ帝国に挑んだ男』(ロジャー・ヤング監督)

イタリア、チェコ、ドイツ合作のTVムービー。約180分の大作。原作は「使徒行伝」。見事に知ってる役者が出てこない。かろうじてフランコ・ネロがわかるくらい。イエスが磔刑に処された直後の使徒たちの地下活動と、迫害する側から一転、布教活動に身を投じたパウロの波瀾万丈の半生を描いている。

軽妙な脚色のおかげで面白く見た。パウロってそれこそ若き頃のフランコ・ネロみたいな偉丈夫のイメージなんだけど、この作品のパウロは金髪のユアン・マクレガーみたいな爽やかイケメン。最初は顔を覚えるのが難しいくらい没個性。しかしよく考えりゃユダヤ人なのにローマの市民権を得ており、育ちがよく、優秀な商売人なのだ。それを考えると、意外にハマってるキャストなのかもしれない。

言い方は悪いけど、パウロは非常に胡散臭く、でも宗教家としては馬力に富む人物。イエスもへたれの12使徒(いや、聖書読んでても本当にへたれなんだって!)なんかではとても駄目だと思って、人間力にあふれたパウロに「教えを世界に広める器」としての役割を与えたに違いない。「やっぱ底辺労働者じゃ駄目だな。あいつらすぐ寝るし(ゲッセマネ)。逃げるし(三回鳴く鶏)。金持ちの家に生まれた大卒のエリートじゃなきゃ伝わるものも伝わらんわ」とか、そんな残酷な嘆きが込められてるような気がする。世界の仕組みってよく出来てますわ。かつてのオウムがエリートを口説きまくったのは、こうした歴史から学んでるからなのな。

で、パウロは期待通り、イエスの教えを拡大解釈して世界じゅうにばらまくという荒技をやってのける。どんな宗教にもどんな組織にもあるいはどんな国にも、こういう荒っぽいのが一人いて、初めてその組織は勢力を爆発的に拡大できる。たけしの『ブラザー』でも、加藤雅也がいて初めて勢力拡大が図れたわけじゃん。寺島進はそれがわかってたから命を捨てたのな。ただそれと引き換えに、「始まり」にあった素朴さは失われ、ややもすると教えの本質さえも変化を余儀なくされ、原理主義者との意見の相違が必ず起きる。イエスの教えを異邦人に広めるにあたって、ユダヤ人のみ通用するユダヤ教の「律法」をどう伝えればよいのか。そもそもユダヤ人のための宗教を異邦人に伝える必要があるのか。後半ではそのあたりの議論を割と真面目にやっていて、いちいち考えさせられる。

作品は殉教の決意を秘めたパウロがローマに入るところで終わる。「クオ・ヴァディス」ばりの凄絶な殉教シーンを期待していたんで肩透かしなんですが、そもそも「使徒行伝」自体そこで終わってるのだ。イサクで引用したコリント信徒への手紙なんかの有名な言葉もざくざく出てくるし、一瞬しか出てこないけど、地下に潜った信者らが、魚のマークでお互いが何者であるかを知る描写、あれがいい。ぞくぞくする。好きなんだよなぁ、魚。そんなわけで長丁場を飽きずに楽しみました。

そういや去年6月末から今年の6月末までパウロの生誕2000年っちゅうことで「パウロ年」みたいなフェアを各所でやってましたな。それに絡めたDVD発売なのか知らん。

このテの大作でいちばん面白くてタメになるのはフランコ・ゼフィレッリの『ナザレのイエス』。見てない方はぜひ。
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2009年07月05日

『日曜日は終わらない』(高橋陽一郎監督)

「鳳夢蘭軒」でつけ麺とギョーザ喰う。麺が柔らかくて細いんだけどおいしい。ギョーザもやたらぶっとくてうまい。

日がな、シャカリキにシナリオ直し。他の監督だったら絶対に許されないような、シナリオの教科書無視のト書きを、気合い入れて書きまくる。夜提出してダッシュでポレポレ。すげえ、超満員。

『日曜日は終わらない』(高橋陽一郎監督)。

この題名の作品を日曜日の夜に組むんだから洒落てるなぁ。NHKのハイビジョンドラマとしてちょうど10年前に作られた作品。作・岩松了。不条理な犯罪と、投げ出されたままの観念と、昔のアングラの匂いと。いろんな映像的なアイデアが盛り込まれている。微妙な間合いに笑ったり、ひんやりさせられたり、夏の日のノスタルジィに連れて行かれたり。実家にいたときの夏の日を思った。夏の飛田新地を思った。いつでも飛行機が飛んでる町の、家やアパート。川や海。総じてロケーションが光っている。明瞭な理由もなく殺人を起こす水橋研二や工場を見て、トシキさんの『青空』を思い出した。絵沢萠子はお約束としても、清水大敬、山本竜二、井口昇、吉行由美といったちいさな役のキャスティングが心憎い。

風俗嬢役の林由美香がホントにかわいい。そして優しい。これは恋するよ。今まで見た林由美香の中で一番好きかもしれない。嫌味になる一歩手前で止めた演技が妙にやるせなくて、何度か泣きそうになった。男の目の前でパンツ脱ぐシーンが二回あって、女の人がパンツ脱ぐっていいなぁ、と思った。女の人とふたりきりになるっていいなぁ、と思った。何も始まらず何も終わらない。ただ一緒にいるだけ。それだけでも充分だ。そして彼女は夜の寂れた展望台でどこかへ消えた。

批評家やライターもどきの気構えで映画を見るのは金輪際やめようと思った。別に今までだってそんなつもりで見てはいないんだけど、作品に対して素肌をさらして接することが大事だなと。武装も理屈もたいして人生の役には立たんのじゃないか。なぜそんなことを考えたのかようわからんけど、強くそう思いながら帰った。
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2009年07月04日

『最新!!性風俗ドキュメント』(深町章監督)『誕生日』(幡寿一=佐藤寿保監督)

コンタクトレンズが寿命らしく、使えなくなった。裸眼で仕事してると頭がクラクラする。

夜、ポレポレ日和。

『最新!!性風俗ドキュメント』(深町章監督)。主演の荒木太郎が何かっつうと「今岡!」と叫ぶのが笑えた。林由美香の虚実をドキュメントする……という体裁だけど、そこは深町監督、シリアスになるかと思いきや、ゆるーい脱力系ギャグが連なって、何と言うかピンク映画らしいピンク映画になってた。劇場が限りなく新宿国際名画座化していた。でもこれがある意味、ピンク屋としてのプロの仕事ぶりなんだと思う。

『誕生日』(幡寿一=佐藤寿保監督)。何かっつうと榎本敏郎監督が電車に乗り合わせているのが笑えた。というのはさておき、俺、似た話を学生時代、同期生の実習作品で見た。最後、青年と少女がどっかの建物に忍び込んでライター手にして火をともすやつ。それが生理的に嫌いだった。映画観終わった後、居合わせた知り合いの方たちとお茶してて、誰かがズバリ「90年代」と言ったが、なるほどそうかもしれない。なんか今の方がこの手の道行きはしっくりくる。時代というより個人の心情として。あと男目線の「かわいい、かわいい」って感じの少女像が苦手なんだけど、この映画の林由美香は素直にかわいかった。青年の狂った家族たちが電車内に集結するラストも愉快。

嘘でもいいから希望を。嘘でもいいから死より生を。
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2009年06月30日

『ジャッキー・ブラウン』(クエンティン・タランティーノ監督)

六月が終わった。ことしも半分が過ぎたわけだ。夜、懐かしい街の、これまた懐かしい「やるき茶屋」でRさんと飲んだ。Rさんとは奇妙なご縁がいろいろとあったんですが、4年かけてようやくここまでお近づきになれた。まさに結び目。そのRさんが、酒ガンガンおかわりしてぶっちゃけまくってる。楽しすぎる。おかげさまで最近の疲れが一気に取れました。泣く夢もしばらく見ずにすみそうだ。

明け方目が覚めて、『ジャッキー・ブラウン』(クエンティン・タランティーノ監督)。急に見たくなった。ウーン、すばらしい。タランティーノの“狙い”が透けて見えるところがありすぎるけど、それでもちゃんと大人の映画になっている。ショッピング・モールの駐車場でバカ女にブチ切れて銃をぶっ放すデニーロ! やたらカンゴールの帽子にこだわるサミュエル・ジャクソン! 『パルプ・フィクション』の変奏みたいな映画だけど、最近のわたくしの好みから言えばこっちのほうが好きかな。”しみじみ”感がこっちのほうが強いから。

ラスト、ロバート・フォスターとパム・グリアの別れの場面。もしかしたら一緒に生きることもできたかもしれない女を窓越しに見送りながら、じっと生活の場に留まる男。そこにかかる「110番街交差点」! 泣いた。タランティーノはただの映画オタクなんかじゃない。人生の詩人なのだ。いずれまた、腰の据わった渋い大人の映画を作ると信じている。

これな。

http://www.youtube.com/watch?v=3qkrGcTjWFY
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2009年06月29日

「ナオミ」を見ろよ、「ナオミ」をな!

六月は一日も欠かさず日記を書くという誰の得にもならない目標を掲げて二十九日目。ついに明日で目標達成だ!

プロット作成。早起きは三文の徳。どんどん進む。サンドイッチ喰う。

夜、ポレポレ東中野で『ナオミ』(サトウトシキ監督)。林由美香が亡くなった直後に行われた、新宿国際名画座での追悼上映で見て以来。ここに見られる、いわゆる「映画の呼吸」はどうよ。妻が壮絶な事故死を遂げた後、ハッハッと息を吐きながら夜のグラウンドを走る佐野和宏! 女と抱きあいながら、帰宅した夫をジッと見つめる林由美香! 今や伝説と化した、風にたなびく白いシーツ! この当時達成されたものを見せつけられ、ため息が出る。“ピンク映画”ってものに一切甘えていない。小林政広×サトウトシキという黄金コンビの仕事に、自分は思った以上に感化されていたことを、今夜初めて知った。学ぶべきことがまだまだ多い。明日夜までやってる。未見の方、必見ですよ。

『ベストフレンド』(吉行由美監督)。ゲイの青年(川瀬陽太)と彼が思いを寄せる幼馴染(石川雄也)とその彼女(林由美香)の奇妙な三角関係。虚構の“かわいらしさ”の徹底追及が、男の主人公にまで及んでいることで、限りなく苦手な世界……と言いながら、子犬のような瞳の川瀬さんに胸キュンしてしまった僕はどうすればいいんでしょうか。

雨降りの中自転車で帰る。
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2009年06月25日

『スノー・エンジェル』(デヴィッド・ゴードン・グリーン監督)

内職やったりプロット書いたり。全然進まない。虚脱状態。もうトシですわ。ピンク大賞の時買ったPG&松島さんによる池島ゆたか監督のインタビュー本「すべての死者よ、甦れ!」が凄まじく面白い。まあ……呆れるくらいのケッサクですわ。皆さん、買って読んでください。ピンク映画について多少知ってる方が楽しめるとは思うけど、全然知らなくても一向に構わない。映画作りについての、カツドウ屋の人々についての傑作ドキュメント。イシドー先生の言葉をもじれば、「映画なんて見てなくていい。”すべての死者よ、甦れ!”を読め!」ってことです。ピンク映画1000本分くらいの面白さが詰まってる。今度ちゃんと感想書きます。

タコシェとかにも売ってるようだけど、とりあえずこちら↓を参考にしてみてください。

http://taco.shop-pro.jp/?pid=14485937

http://6719.teacup.com/gendai/bbs

夜、WOWOWで『スノー・エンジェル』(デヴィッド・ゴードン・グリーン監督)見る。日本未公開作。冬の田舎町を舞台に、ケイト・ベッキンセールとサム・ロックウェルの元夫婦が巻き起こす騒動を描いている。長い芝居が始まりそうになった途端にカットして次のシーンへ進む、といった感じの語り口に「へー」と思って見ていたが、何とも救いのない結末が待ちうけているのだった。ネタバレしちゃうと、ケイト・ベッキンセールの幼い娘が溺れ死に、彼女は悲しむ間もなく、頭のおかしくなったサム・ロックウェルにブッ殺される。サム・ロックウェルも自殺。それがオチ。いやはや。もうひと組の主役である、マイケル・アンガラノとオリビア・サールビーの文科系高校生カップルが良かった。恋が始まっていく喜びが繊細に描かれて微笑ましかった。

昔ヨドチョーが「アメリカ映画は生活そのものを描くことが基盤」みたいなことを言ってた。なるほど、と思ったし、そういう映画が好きだ。ソーントン・ワイルダーの『わが町』がいつもどこかで上演されている国ですものな。本作も名もなき人々のなんでもない日常からスタートしたはずなのに、幼い子が死んだり、元夫婦が殺されたり、人が自殺したりで、まあ大変。きっと原作小説がそうなんだろうけどさ。ポール・ニューマン晩年のTV映画『追憶の街』も、途中までいい話だったのに、最後は無差別殺戮で終わった。君たちも甦って。
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2009年06月22日

ジョゼと虎と魚たちとハンナとその姉妹

明け方、『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心監督)見直す。なるほどね。しかし、これがほぼ関東圏で撮られてるなんて普通思わないよなぁ。制作部凄い。

蒸し暑くてちっとも眠れない。夕方起きて走る。汗びっしょり。こないだの座談会の原稿チェックする。なんで俺は人前に出ると、自分を大きく見せようとしたり、あるいは極端にネガティブな人間に見せようとするんだろう。ひどい自己嫌悪に陥り、手直ししまくり。残ったのは宣伝めいたことばかり。この必死な感じがまたたまらなくイヤ。だけど少しでも露出のチャンスがあれば宣伝はする。

ジャガイモと玉ねぎとコーンのカレー作って喰う。プロット書き始める。

ウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』見直す。えもいわれぬ幸福感の三分の一くらいはハリー・ジェイムスによるブリリアントなラッパのおかげだと思うけど、それでもやっぱりステキな映画でした。高校生のころ、ダビングしたビデオが擦り切れるほど繰り返し見た。年を重ねた今見ると、さらに楽しく、そしてニガく味わえる。もっと年取ったらもっと笑えるんだろうな。マイケル・ケインの、心と体が切り離された間抜けな行動がツボ。
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2009年06月20日

2008年ピンク大賞

先輩の女性脚本家に誘われ、上石神井で未知の方々による飲み会に参加。見事に知っている方がおらず、半分以上が女性。職種も漫画家とか監督とか弁護士とか俳優とか子役とか緊縛師とかもうむちゃくちゃ。借りてきた猫状態。自分がものすごく人見知りする性格であることを久しぶりに思い出した。でも弾けた人ばかりで面白かった。ぶっちゃけた人ばかりで面白かった。牛の刺身がうまかった。偶然、ウェブ上でやり取りしたことのあるライターさんと出くわす。何という奇偶。何というご縁。しかし時間切れで、わたくしは中座し、そのままテアトル新宿で行われていたピンク大賞に向けてチャリを飛ばしたのでした。

下戸なのでちょっとの酒でかなり酔ってしまいまして、(ああ、こりゃ駄目だ。寝るわ)と思いつつ会場に着いたんだけど、これがちっとも眠くならなかった。今宵上映された四本はことごとく面白かった。自分が関わった以外のピンク映画見るのは久しぶり。やっぱりピンク映画はいなぁ、と感慨深くなってしまった。

『超いんらん やればやるほどいい気持ち』(池島ゆたか監督)。もう何回も見てるんだけど、劇場で見るのは初めて。いい脚本だなぁと思う。日高ゆりあの「みんな死ぬのよ。でも映画は生き続ける!」にやっぱり泣いた。ベタをやるなら直球で勝負すべきだという池島哲学に参りました。ことしは池島イヤーでした。

『中川準教授の淫びな日々』(松岡邦彦監督)。去年のピンク大賞でとくしん氏に会ったとき、「凄い、狂ってる!」と教えられた映画。噂通りの快作、怪作! 姜尚中を思いっきりパロった那波隆史に爆笑。三白眼がキラキラと光る平沢里菜子に戦慄。背徳と罪業が悪夢のようなシチュエーションの畳みかけの中で綴られてゾクゾクする。狙った笑いと狙わぬ笑いが入り混じって、“黒いピンク映画”の権化となっていた。これ、見る機会があったら絶対見た方がいいです。「今、エクセスがえらいことになってる」と誰かも言ってたけど、ホントその通りでした。

『不純な制服 悶えた太もも』(竹洞哲也監督)。『狂走情死考』×『GONIN』×たけし映画、みたいな女子高生ハードボイルド。やくざの金を奪って雪の東北をさまようAyaと松浦祐也。二人を追うサラリーマン風のやくざ・吉岡睦雄(ご結婚、おめでとうございます!)と世志男。冬景色を捉えたキャメラがすばらしい。竹洞監督の本質って実はこういうことなんじゃなかって気がした。とっても映画らしかった。

『獣になった人妻』(佐藤吏監督)。チンピラ兄ちゃんと人妻との小さな出会いから、話は加速度的に大きくなっていく。意外性の連続が心地良い。笑っていいのやら悲しんでいいのやらの確信犯的「微妙」な結末もおかしい。黒髪も艶やかな友田真希先生と、クールな秘書を演じ切る結城リナに魅了される。

去年のピンク映画の製作本数は61本だったという。61本だよ! これにはさすがに驚いた。なんか、もっと劇場に通おうと思いましたよ。率先してさ。

終わると外は朝。ざーざー雨が降ってる。T森さん、おさかさん、吉田さんと朝飯がてら富士そば喰って喋り散らす。雨の中チャリ漕いで帰った。気持ち良かった。
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2009年06月19日

『あんにょん由美香』(松江哲明監督)

午後起き。走る。が、腹が痛くなっていつもの半分で切り上げる。夜は涼しく、昼は暑い。生活のサイクルも不安定なので体調崩したらしい。味噌煮込みうどん喰って電車飛び乗る。京橋にギリギリセーフ。

『あんにょん由美香』(松江哲明監督)見る。

ちゃんとした感想を書こうと何度かトライしたけど出来なかった。作品前半に出てくるカンパニー松尾と平野勝之の言葉が重過ぎた。作品は後半意外な展開を見せるし、それは「重さ」とは対極的、否、むしろ軽やかで明るくて前向きな結末を見せるのだけれど、個人的には、前半彼らによって与えられた重さを、まるで何かに憑依でもされたかのように、試写室を出てからも、家に帰ってからも、ずっと引きずってしまった。こうしたことに目ざとい家人が言った。「あんた何を連れて帰ってきたの?」。重いものを、と答えるしかなかった。

俺は林由美香さんと面識はないし(それこそ、『たまもの』上映時の渋谷ユーロのロビーでお見かけして、挨拶しようかどうか迷って逃げた程度)、その最晩年にほんの一本だけCSでお仕事させて頂いただけなので、あの方について何かを語る言葉は本来持ち合わせてはいない。更に言うと、余人が何かを語ることを躊躇わせてしまうような途方もない重さを、上記のお二方が抱えているように思えて、いっそう感想を述べにくい作品になっている気がするのだった。

彼女の不在について重いものを抱えている業界の関係者は、それこそ無数にいると思う。それが沈黙という形を取っているとするならば、その沈黙は、本作品の周りを、息をひそめるようにして取り囲んでいる気がして仕方ない。松江監督はそれを重々承知の上で、主題的にも方法論的にも、すべて自分の側に引き寄せて、重さとはもっとも遠い場所へ向かって、この作品を編み上げようとしたのだろう。エンドロールの「協力」欄に列挙された名前を見れば、当初この作品が目指そうとした地平を多少は想像することができる。しかしあえて”そのように”は作らなかったのだ。それでも沈黙はその存在を静かに自己主張していると思った。むしろ、沈黙が耳について離れない作品だと思った。

なんだか憂鬱な文章になってしまったけれど、決して暗い作品ではない。林由美香を知る人もそうでない人も見た方がいいと思う。何と言っても、日本と韓国、その両方でつつましく生きるマチバのカツドウ屋たちの悲喜こもごもが、哀愁たっぷりに描かれた快作であるということは強調しておきたい。

http://www.spopro.net/annyong_yumika/
(公式サイト)
7月11日からポレポレ東中野でレイトショー。
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2009年06月18日

『童貞放浪記』(小沼雄一監督)

三時間寝て飛び起きる。新宿で打ち合わせ。これまでいろいろあったけど、ひとまずほっとした。希望は捨てない。近くの本屋で参考資料用の本買う。レジにまたまた知り合いの女の子いてニヤニヤしてる。ややエッチな内容の本なのだ。内心で(いやいやこれはこれからやる仕事の参考資料でぇ……)と言い訳開始。まだまだ若いな、俺も。

京橋の映画美学校で『童貞放浪記』(小沼雄一監督)見る。学校の同期生がたくさん関わっている作品。山本浩司が筋の通った童貞芝居をしているし、神楽坂恵の見事な裸体にはやっぱり目を奪われる。でもいちばん良かったのはストリップ小屋の個室に詰めてる速水今日子先生。うらぶれた雰囲気とリアルな生活感。そこが映画だった。言いたいことはたくさんあるけれど、この映画がどんどん話題になってガンガンヒットしてくれることだけを心から願っています。8月8日からヒューマントラストシネマ文化村通り(どこ?)にてロードショー。

http://www.doteihoroki.com/(公式サイト)

銀座で家人と落ち合ってマレーシア料理「ジョムマカン」でナシゴレン喰う。帰ってひと寝入りしてパン食う。頭切り替えて別の仕事取り掛かる。
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2009年05月14日

『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督)

寝る前とか電車の中でずっとハーヴェイ・ミルクの伝記を読んでる。興味のある映画の原作やノヴェライズ読んで予備知識を仕入れたり、妄想をふくらませたりして、ようやく映画本体と向き合う……という作業がとても好きだ。田舎にいた頃はいつもこんな感じだった。劇場にかかる映画の一本一本が貴重だった。当時、映画雑誌を面白く読んでいたのも、その辺の飢餓感と関係があるのかもしれない。

問題は『MILK』の上映期間中に伝記を読み終えるのは、ほぼ不可能ということだ。アホや。

『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督)。

元々大好きな映画だけど、近年なぜか見直す機会が増えた。十代の頃熱狂していた映画に浸るのって、参考資料として見るといった場合を除くと、たぶん「疲れ」と関係がある。

毀誉褒貶激しい映画だが、ありきたりなレッテル貼りに収まりきらない、いびつなエモーションにあふれかえった傑作だと思う。町の若者たちの乱痴気騒ぎの描写は、すべてのシチュエーションがパワフルで破天荒。後半の悲劇とのバランスをとってると言えばそう言えなくもないけれど、そうした構成上の計算をあっさり超える法外なテンションがある。小奇麗にまとめたくないんだと。その場その場の人物たちの”生きている感じ”を捉えたいんだと。たとえ全体のバランスが崩れたとしても、そのシーンを苛烈なものにしたいんだというね。とても大事なことだ。学ぶことが多い。

総体としては、マイクとニックという、男同士の命を賭けた激越なラブストーリーだった。そして青春は終わり、人生は続くという話だ。非日常は終わるが日常は続く。そこに善悪はない。静かにそいつを飲みこんでひとびとは生きていく。死ぬことより生きていくことの方が、はるかにドラマティックであり、恐ろしいことなのだ。なんか……そういうことを言いたい。
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2009年05月06日

『ペイルライダー』(クリント・イーストウッド監督)

いい奴にも悪い奴にも生きてる人にも死んでる人にも雨はふる。

朝のうちにGW中やるべき仕事をやり終え、昼にカレー作って喰い、ペットショップでソーニャの首輪を新調し、あとは本読んだり音楽聴いたり野球見たりDVD見たり昼寝したりで、弛緩し切った休日を過ごす。寝過ぎて腰が痛くなった。明日からまた忙しくなる。

想定の範囲内とはいえ、ことしのドラゴンズはぐだぐだ。それでも和田や小池、藤井君が意地を見せてる。問題は捕手。谷繁がこの投手王国を支えていることはわかってたけど、いなくなってみてその存在の大きさに唖然とする思い。小山も小田も、リード云々のことは俺には詳しくはわからない。でもとにかくエラーが多い、肩が弱い。最終回、二点差で岩瀬が出てきて、捕手が谷繁に代わったときは心底ほっとした。最近の岩瀬の乱調も、捕手との関係が無縁じゃないんじゃないかなー。本日の勝利投手、わがアイドル・浅尾きゅんが少しずつ精悍な表情を見せつつあって頼もしい。中田君も頑張らんとそろそろ出番ないで!

『ペイルライダー』(クリント・イーストウッド監督)

見ている回数で言うと間違いなくイーストウッド作品でいちばん。中高生の頃、録画したやつをよく見てた。特に終盤の決闘シーンを。ストックバーンと六人の部下の造形が気に入ってた。彼ら、見かけ倒しで全然強くないんだけどさ。

イーストウッドは奇跡を祈る少女の声に導かれ、“蒼ざめたる馬”に乗って土地に現われ、事を成し遂げ去っていく。そのフィルモグラフィにおいて、首尾一貫して十字架、教会、贖罪、聖句、復讐といったキリスト教世界の記号をちりばめつつ、この映画作家は信心の欠片も見せたことがない。本作では牧師にふんし、適当な聖句など口にしてみせる。少女は自分の呼びかけに応じて現われた奇跡の人に対し、大胆に「あれを教えてくれる?」と迫る。どうだよこの世界。まんざらでもなさげな御大の表情。ああいう場面をやけに濃密な雰囲気で撮っちゃうところ、彼の趣味が炸裂しててすばらしいと思う。趣味を炸裂させることが映画を輝かせるんだなと。

ただまあ、この映画が傑作たり得ているのは、何と言っても冬景色を精緻に捉えたキャメラ。寒々しい戸外と、それとは対照的な、穏やかで静謐に満たされた室内の絵が悉くすばらしい。そしてここぞといった場面での決め絵。ラスト、雪を冠した山をバックにしたイーストウッドの立ち姿。カミナリに打たれたようになっちまう。『許されざる者』みたいな大傑作も、(キャメラがブルース・サーティーズだったらなぁ)という声はちらほらあったのだった。キラリと光る宝石のような一品。
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2009年05月05日

『アウトロー』(クリント・イーストウッド監督)

久々に『アウトロー』(クリント・イーストウッド監督)見る。

この映画見たくなるのは安らぎを求めている時。ちょっと肌寒い雨降りの日にぴったりの映画。テンポものんびりしてるし、全編に横溢する詩情が郷愁を掻きたてるのな。家族を喪った男の復讐劇なんだけど、新しい家族を作り上げていくという前向きな物語でもあり、共生の物語であり、ロードムービーで、ユーモアも満載。イーストウッドにいっつもツバ吐かれるバカ犬がいい感じ。

イーストウッド映画におけるソンドラ・ロックのレイプ史がここにスタートするとか、サム・ボトムズを弔う「アラバマのバラ」の話とかは、前身ブログでさんざん書いたからもういい。

やむをえぬ裏切り者であるフレッチャーとジョージーのラストの会話。「戦争は終わった」「ああ、みんな戦争の犠牲者さ」。なんちゅう渋い締めくくりだろう。ラストの数行の会話で映画が一挙に別のステージへ昇ってゆく。しみじみと満足。これ一本見ただけで、休日らしい休日を過ごせた気がする。

子どものころ、宮崎では日曜日の午後にこういう西部劇をよく放映していた。なんだっけ、主人公が棺桶引きずってる西部劇もこの枠で見た。『荒野の用心棒』、『荒野のストレンジャー』もここだったような気がする。あと『ディア・ハンター』を断片的に見て引き込まれたのも同じ枠だった。『ランボー』の一作目もそう。寒々しい自然の風景が登場するアメリカ映画はずっと心に残ってる。家のすぐ近くに同じような自然があって、映画を観終わるとそのまま山に行って一人遊びに励んでいたからだろうか。その記憶があるから休日の午後に見たくなるのかな。

ショーン・ペン、ジャームッシュ、イーストウッドの映画(いずれもロードムービーや)を立て続けに見て、結局アメリカ映画にとどめを刺すな、とひとりごちる夜。
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2009年05月04日

『あるスキャンダルの覚え書き』(リチャード・エアー監督)

結局ろくに眠れずに、書いたり食べたり薬飲んだり。なんか一年の半分は体調崩してる気がするなぁ。

池袋である人に会ってある文書を読ませて頂く。カチリ、と心の中で音が鳴る。状況さえ許せばとっとと動きたいぞ。帰ってからやっと一時間ばかり眠れた。「ユリイカ」イーストウッド特集開いたらいきなりネタバレ。別にいいけど。まだ御大の新作に向き合う心の準備ができない。

『あるスキャンダルの覚え書き』(リチャード・エアー監督)。

どえりゃぁ面白かった。「で、どうなんの!? どうなっちゃうの!?」の連続。作劇っちゅうのはこういうことや! と言わんばかりのまがまがしい迫力。美人女教師と教え子との禁断の恋とか、その秘密を握るオールドミスのジュディ・デンチとか、何から何まで徹底してゲスなところがたまらない。底意地の悪さがユーモアを生み、三回くらい爆笑させられた。やっぱお互いがお互いを口汚く罵る場面って痛快だよなぁ。15歳の少年との肉体関係に溺れるケイト・ブランシェットの美しさ、色っぽさ! 頭がクラクラしました。俺もまだまだ若いな。間男されちゃうビル・ナイの情けなさも味わい深い。脚本、演出、俳優、撮影、音楽、いずれも超一流揃い。それにしてもスゴイ脚本だ……と思ったら傑作『クローサー』のパトリック・マーバーだった。納得。
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2009年05月01日

『イントゥ・ザ・ワイルド』(ショーン・ペン監督)

風邪ひいた。

『イントゥ・ザ・ワイルド』(ショーン・ペン監督)

すばらしい。ショーン・ペンとしては『インディアン・ランナー』以来の傑作じゃなかろうか。『クロッシング・ガード』にせよ『プレッジ』にせよ、ショーン・ペンの作家としての姿勢は一貫している。何らかの傷を負ったために社会から落ちこぼれた人々を愛情込めて描くこと。簡潔に言い表すとそうなると思うけど、その激しいヒューマニズムがよりおおらかに、より透明な境地に昇華されている。ちょっぴり冗漫なところもあるけれど、退屈するということはまったくない。原作の『荒野へ』も好きな作品だった。でも映画の方がずっと良かったな。いつも以上にニューシネマ魂が炸裂しているのも嬉しい。

クリスは欺瞞に満ちた家庭を忌み嫌い、物質文明に背を向けて自然の中へ逃げていく(「キャリアは20世紀の遺物だ」!)。彼が出会うのは、息子に逐電されたヒッピー夫婦、妻子を交通事故で失った孤独な老人、それからなんだか良く分からない理由で社会あるいは現代文明から遁走してきた人間ばかり。クリスは自身の存在そのもので、彼らに謎めいたギフト――前向きに生きるためのヒント――を与え、一陣の風のように去ってゆく。だが彼自身の魂の彷徨に救いは訪れない。

こういう青年をシニカルに笑うのは簡単だ。そういう人は共同体だの社会だの秩序やらを大事に守りたてていけばよいと思う。ただ、興味があるのはそこからこぼれ落ちる人たちなのだとショーン・ペンは宣言している。人間社会にうんざりして逃げて逃げて、でもやっぱり誰かと何かを分かち合うことが幸福だということに最後に気づいたりして。人と人との間で生きていく喜びと苦痛。その相克の中で多くの人々は生きている。俺もそう。

昔ほどじゃないけれど、時々これといった理由もなく、すべての人間関係を断ち切って、どっかに一人で行ってしまいたくなる。誰かと関係を作ると壊したくなる。人と出会うことほど面白いことはない、と思っているくせに、これほど重いものもないと一方で考えている。だからいまだに「仲間」や「友情」という言葉に警戒心がある。ひとから裏切られるのは、嫌だけど、まあ仕方がない。問題は自分が彼らを裏切ったり期待に背いたりする可能性が大きいことだ。クリスはそうなる前にさっと身を引くすべを心得ていたんじゃないかと思わせる節がある。深入りしそうになったら、そっと消えてゆく。

クリスは旅の途上で多くの人と触れ合い、アラスカへ行くと告げて去っていくけれど、彼にとっての「アラスカ」は孤独の中に、その存在の中核にすでに存在しているはず。だからどこへ行っても一人だし、問題は解決しない。解決しない問題は最初から存在しないのと同じだ。でもそれは小賢しい理屈というべきだ。誰もがそうしたインテリジェンスを持ち得るわけではない。いや、たいていの人間は持つことが出来ない。問題を抱えたままその日その日をなんとかやりくりするだけだ。でもクリスは人並み外れたピュアネスでもって自分の抱えた問題を解決しようとこころみた。それは無残な失敗に終わる。でもそれでいい。ショーン・ペンはそんないたましい魂のありようを責めることをしない。限りないシンパシーというより、ほとんど賛美のまなざしで彼の旅に寄り添っている。これはある意味とてもロマンティックな旅だ。

家族でバンを駆って日本中あちこち旅していた幼い頃の思い出が蘇った。

主演のエミール・ハーシュをはじめ、俳優の演技が悉くすばらしい。すばらしい演技を引き出すのも当然、演出手腕だ。かっこいいキャリアウーマンがお似合いのキャサリン・キーナーが見苦しいヒッピー女に見事に化けてる。リアルすぎるたたずまいのヴィンス・ボーンも破壊力抜群。コミューンで出会うシンガーの少女・クリステン・スチュワートが最強に魅力的。って、『パニック・ルーム』のジョディの娘さんか! 社会からはみ出てしまう女の子ってなんでこんなにかわいいんだろうな。あまりにも老人然としたハル・ホルブルックに最初はショックを受けるけど、彼の登場場面はすみずみまで心を打つ。原作だと彼はクリスの死を知って神を捨て、また酒を飲み始めるんだよなぁ。そこにもまた一つの真理が存在する。

ハル・ホルブルックの「許せるときが来たら愛せる。その時神の光が君を照らす」という台詞、図式的な伏線の言葉ではあるんだけど、それ抜きにしても心が洗われるような美しさだ。名シーンだと思う。こんな台詞を言って、それがきちんとリアリズム映画の画として成立してるんだから、映画作家として本物なんだなと思う。ここでいう「神の光」を生真面目に映像化しちゃうのがショーン・ペンの純情なところ。『プレッジ』でも十字架への目配せがきっちりあったじゃん。こういうのって、向こうのフォークソングの伝統に影響されてるんだろうか。彼は特に宗教的な作家というのではないように思う。でも劇中にそうした記号を配置することで、映画をより強靭なものにしている。脚色、めちゃくちゃうまいよ。

自然を芯から慈しんでいる様子のキャメラ、カントリー&ウェスタンの楽曲、どれもこれも贅沢だ。この映画、ショーン・ペンの偉大な前進だと思う。同時代に彼がいて良かった。
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2009年04月28日

『ブラインドネス』(フェルナンド・メイレレス監督)

O監督から「M」無事クランクアップとの報告あり。良かった、ホントに良かった。映画はインに無事漕ぎつけるまでが大変、ということをイヤというほど痛感させられる日々だったので心から安堵する。映画は戦場だ。まあ初日迎えるまで予断は許されませんが。

皆さま、ひとまずご苦労様でした。個人的にも仕上がりがすごく楽しみ。まあ俺様のホンと少数精鋭の完璧なスタッフと情熱あふれる優れた俳優陣が揃って悪い映画になるはずもないよな! ねえ小沼監督! 公開は冬あたりを予定とのこと。乞うご期待。

『ブラインドネス』(フェルナンド・メイレレス監督)。後半、犬がヒロインに近寄るタイミングにタルコフスキー『ストーカー』を想起。あそこがいちばんぐっときた。パウロの故事をちょろっと挿入しておけば大体どんな話かわかるだろ? とでも言いたげなキリスト教圏ドラマツルギーの強靭さよ。こういう話を百回でも千回でもやり続けるのはそれだけの普遍性があるからだとも言えるし、惰性とも怠慢とも言える。あまりにも古色蒼然とした「寓話」っぷりに喰い足りなさが残る、というのが正直なところ。まあでも良く出来てると思う。

モダンな編集のリズム、阿鼻叫喚の地獄絵図を写しても決して清冽さを失わない映像美。みずみずしい果物の盛られたガラスの器に日常の小景を映しむさりげないショットを用意し、終盤、腐り果てた果物の載った器を見せて平和が遠い過去であることを示す手際の良さ。隅々までセンスいい監督だなぁと。良すぎてやっぱり喰い足りない。『ナイロビの蜂』は傑作やった。相変わらずの囁くような発声が魅力のマーク・ラファロ。日本映画よりもはるかに自然に画面に溶け込む伊勢谷友介。

閉じ込められた精神病院で、日々の糧を得るために女たちは賊にからだを差しだす。夫たちは無力。あのエピソードだけを独立させて二時間見たかったな。それだけのシチュエーションで、いろいろなことが描けるような気がする。

夜明けに見終わってTVつけたら、タイムリーにも豚インフルエンザでフェーズ4の速報をやってるとこだった。識者によるフェーズなんとかの解説を聞いて、ふむふむと納得して、それから誰もが思ったはず。

……ねえ、これってフェーズ5じゃないの?
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2009年04月16日

『暴行少女日記♀』(向井寛監督)

夜、ラピュタでばったり会った吉田さんから教わった情報。

「イサク」、5/20〜5/26に浅草は浅草世界館で上映します!

http://www.e-asakusa.net/sekaikan.html

同時上映作品の一つには林由美香さんが出演を……。その翌週には「たそがれ」こと「いくつになってもやりたい男と女」が……。

と、いうわけで「いい加減にしろ!!」と言われそうですが、またまたツアーやりますからね! 今度は浅草なんで花屋敷と浅草寺がオプションですからね!(嘘)。見逃した方、まだまだチャンスはあるでよ!


『暴行少女日記♀』(向井寛監督)

そのラピュタ阿佐ヶ谷のレイトで。いやー、面白かった。夜の町にいくらでも転がっているような、ほとんど神話化された「受難」というか「堕落」というか、まあ、そんな風に形容されるであろう安い物語が、シャープな画面とリズミカルな編集、ユーモアを交えた語り口で綴られ、まったく飽きない。こういう話ってもうあくびが出るくらい読んだし、聞いたし、自分も一回書いてるし(で完成品見てないし)、なのに決して飽きることがない。大好き、としか言いようがないです。それがどんなパターンかというとここにはあんま書きたくないのだな。子どもが読んでるし。……俺が言うか。

ひとつだけ。夜、女が公園で客を引き、スカートをたくしあげ、マッチで火を擦り、あそこを見せるという場面。ああいう商売があるって話を、「小沢昭一的こころ」かなんかで読んだ記憶があった。小学生だったから、えっちだなー、と思いつつも、なんだか物悲しい、でもすごく詩的だなと思った記憶があった。まさかこの年になってその映像を目の当たりにするとは思わなかった。蛍が飛んでいたよ。夜の蛍が。

あと、映画時代で「山下耕作特集」やったときに、ご子息の耕一郎さんが上京されて一緒にラピュタで「まむしの兄弟」を見て、飲んだ話を前に書いた。そのときご一緒されていたのがベテランキャメラマンの東原三郎さん。酒の席で、東原さんが「むかーし向井寛監督のピンクでキャメラまわしたんだよなあ」と仰っていた。この作品やん!!! しかもその作品とラピュタで対面するとは。映画や映画館ってホント、不思議な縁を結んでいくものだよなぁ。

特に、ラピュタには妖精が棲んでいます。
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2009年04月15日

『ウォッチメン』(ザック・スナイダー監督)

二時間だけ寝て朝五時に起きて延々と「F2」。朝、遅れを電話で謝り、昼になって第二稿やっと提出。燃え尽きて灰になりました。命削るような仕事ばっかり。大丈夫かいな。だがそれがいい。

柳下さんの「イサク」レビュー読んで微妙に安堵する。やっぱりふだん毒舌で鳴らす方の評論は怖いものだなぁと痛感。午後にワカダンナとお茶。やっと一緒に仕事できるなぁ。感慨深い。そのまま「がんばった自分へのご褒美」などと称して、『ウォッチメン』(ザック・スナイダー監督)見る。

この監督の『300』は大嫌いだった。マッチョと優生思想の組み合わせの映画にしか見えないけどな、あれは。……に比べればはるかに面白かった。ただアメコミの知識ゼロのせいか、のめり込みそうになると興ざめする、みたいな変な感覚の連続だった。ミステリー仕立てと言っても犯人は割と想定内だしなぁ。ただ終盤、非常に興味深い展開を見せる映画ではあった。ロールシャッハ役ジャッキー・アール・ヘイリー、パトリック・ウィルソンが良かった。女優が全然魅力的じゃなかったけど、やっぱこの監督、基本的に女の人に興味がないんだなあと。フルCGのフルチンには興味津々のようだったが。最近、映画見てても女優にばかり目が行く私です。シナリオも女の人のことばっかり書いてるなぁ。

夜、映画館の帰りに俳優のNさんから電話。「M」、褒められる。学校で知り会って十数年、こちらもようやく一緒にお仕事できます。よろしくお願いします。その後、O監督からも電話。「M」、いよいよ明日クランクイン。イン前日の映画監督の気分ってやつが伝わってくる。こっちとしては子供を社会に送り出したみたいで、誇らしくもあり、微妙にさびしくもある。スタッフ・キャストのみなさま、本当によろしくお願いします。ぶじにクランクアップの日が迎えられますように。いい映画になりますように。

そして「イサク」、上野オークラでの上映は明日まで!
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2009年03月28日

『ツイン・ピークス ローラ・パーマー 最後の七日間』(デビッド・リンチ監督)

人生でもっとも繰り返し劇場に通った映画はこれだと思う。最低でも5回か6回は通ったはず。上京したての初夏に、映画学校への通学途中にあった町田の映画館に毎日のように通った。もちろん高校生の頃から、当時の映画青年のたしなみとしてデビッド・リンチにはハマっていた。ローラ・パーマーのデスマスクの模写をしていて姉に見つかり、キモがられたりした。高校演劇で『ワイルド・アット・ハート』という芝居を書いて上演したりした(中身は全然違うけど)。

でもこの映画は別格だった。見るたび、頭がバカになるほど泣いた。号泣だった。「泣くために映画に行く」みたいなことをしていたわけだ。自分でもその狂おしいような感動の理由はよくわからなかった。ただただ浄化のイメージにあふれたエンディングを見たくて、気が付くと劇場の暗がりに身を潜めていた。

久しぶりに見て、あの頃の自分が何に感動していたのかわかりすぎるくらいにわかってしまった。単純に好きな世界だったのだ。好きな女の子だったのだ。好きな悲劇、好きなピンク映画、あるいはロマンポルノだったのである。本作はTV版の謎解きになっているけれど、そんなもんは副次的なこと。ローラ・パーマーという悲しい不良少女の生と死を、激しい痛みと深い共感を込めて活写すること――。それがリンチの至上命題であっただろうし、俺もそこに激しく心を動かされていたのだった。

別にこの映画を誰かに貶されたって構わない。この映画の良さは俺にしかわからないとさえ言いたくなる。どこまでもダーティで、ちょっと童貞入ってて、でもすんごく良質なヒューマニズムの味わい。傑作ですわ。特にリンチ版少女ムシェットを務めたシェリル・リーの演技はアカデミー賞もんだと思う。

マンガのようにわかりやすい「救済」の絵面に、今回もまた涙、涙。自分にとっては理想の映画の一本。
posted by minato at 22:20| 東京 ☀| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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