2008年08月02日

NHKドラマ『帽子』(作・池端俊策)

NHKドラマ『帽子』(作・池端俊策)

すばらしい。重い溜息しか出てこない。緒形拳を主役に、相手を変えた二人芝居が延々と続くだけなのに、どうしてこうも緊張感と胸騒ぎが持続し、えもいわれぬ情感が後を引くのか。どっしりと腰の据わった作劇。シンプルな構成。言ってしまえば『セント・オブ・ウーマン』。でも『帽子』というドラマ以外ではありえない。その個性と芯の強さ。題名にのっとっていえば、脱帽です。

戦争映画や反戦ドラマ放映というのが日本の夏の風物詩。おおいに結構。しかし、声高に反戦を叫ぶドラマは、この年にもなると食傷気味。その点、このドラマは最後まで反戦ドラマの空気など感じさせない。だが頑としてそうなのだ。2008年現在の市井に、60余年も昔の戦争がいかに深く根をおろしているか。広島は呉を舞台にした本作において、「原爆」という主題がのっそりと姿を現すのは、開始後30分を過ぎてから。田中裕子は胎内被曝に遭い、それを遠因として癌に侵されている。それだけだ。だが「それだけ」だから恐ろしく、むなしい。

かつて彼女と将来を誓い合っていた帽子職人の緒形拳は、ある偶然から今は東京に暮らす彼女に会いに行くことになる。道連れを演じるのは玉山鉄二。これまで特に記憶に残る役者でもなかったが、玉山鉄二の演技へ向ける真摯さが表現の隅々に現われていて、唸った。それはともかく、原爆の問題は存在感を限りなく消されながらも、いつのまにか人物の生活にからみつき、侵食し、非情な結末を辿らせる。こいつに捕まったら「のほほん」と生きることなどできはしない。誰もかれもが多少なりとも前向きな生き方をし始めた矢先、ハッピーエンドと見えた幕切れに合わせるように、宿痾としての原爆は予告通りにキッチリと人の命を回収してゆく。それはラストのたった一言で示される。

この酷薄さ、残酷さは池端脚本の持ち味でもあるが、「大久保清の犯罪」や「イエスの方舟」といった、過激な社会派ドラマで鳴らした氏が、技術面において、今や一筆書きの凄味を見せつけている事に圧倒された。「一流の仕事とはこういうことだ」と作品それ自体で告げられたような気分だ。軽佻浮薄に逃げるな。本物から目をそらすな。威厳のある脚本であり、ドラマだった。
posted by minato at 23:17| 東京 ☀| Comment(0) | TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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